メルマガ「ローランドの楽屋にて」

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今となっては当たり前の技術が誕生したとき – VariPhrase開発秘話

おはようございます。
坪井佳織です。

TR-808の開発者で、MIDI規格設立にも貢献された菊本忠男さんインタビューシリーズの第6弾です。壮大なストーリーがどんどん展開されておりまして、わたし自身も、「これ、メールで配信することか・・・?」とちょっと思い始めてきました。ちゃんと装丁した書籍レベルのお話じゃないかという気がしてきてます。

本日は、わたしが大好きなボーカル・デザイナーとVariPhrase(バリフレーズ)のお話をお送りします。

(菊本さんとバリフレーズ初号機のVP-9000)

ちょうどわたしが会社を辞めた2000年頃、研究所ではVariPhrase(バリフレーズ)という言葉が飛び交っていました。

バリフレーズとはなんぞや??という方は下の動画をご覧ください。
ローランドの倉庫から発掘したVP-9000を触ってみた動画です。

https://youtu.be/vlz-llLP0w8

【ローランドの楽屋にて】倉庫から発掘したVP-9000を触ってみた

「そのバリフレーズの話を、僕は本当はしたいんだ。これはね、やっぱり当時のデジタル技術の背景で見ると、来るべくして来た技術なんですね。

それはまさにね、アナログからデジタルに移る、そしてデジタルからサンプリングに移るね、その過渡期だったんですよ。

だから、僕はなんとかシンセサイザーでね、アーティキュレーション(楽器の『振る舞い』の表現)、つまり、フルートとか人間の声も含めた豊かな表現ね、それを合成でやろうと思ったわけ。

僕は、やっぱりどうしても合成にこだわる。PCM(サンプリング再生)をやりたくないわけですよ。なるべくシンセサイズでやりたいと思ったんだけど、やっぱりなかなか難しいんですよ。

今はAIが分析するんだけども、僕が当時やったのは、人間の脳で分析して、こうだからこうつながるんだということをやるとね、もうなかなか・・・」

えぇっ、AI分析をご自身の脳でやろうとされていたんですか?

それは具体的には何を?

「サッチモの声をね、出そうと。あのルイ・アームストロングの歌声をやれ、って言ったんですよね、研究開発部で、星合君、日下部君らに」

“サッチモ”というのはジャズ・ミュージシャンのルイ・アームストロングのあだ名です。「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」は今もCMなどで聞かれる名曲です。

※編集部注:
星合さん:菊本さんの右腕として長年活躍されたエンジニア。このメルマガではTR-909の開発メンバーとしてもお馴染み。現在も社内に残り、後進の育成をされています。

日下部さん:数学が専門で、タイムストレッチやローランド独自の波形データ圧縮技術を発案してきたエンジニア。バリフレーズの要素技術も、タイムストレッチとピッチシフトが基本となっています。

やれ、っていうのはどういうことですか?
誰でもあの声で歌えるようにってことですか?

「いや、シンセサイザーで、つまりサンプリングではなく合成で、あの声を出せるようにするという挑戦ですよ。

あの独特のね、サッチモの周波数と振幅の揺れはね、分析するの、たいっへんなんですよ」

菊本さんは困ったような(でもちょっと嬉しそうな)表情で「たいっへん」とおっしゃってましたけど、すみません、わたしの心の声は「でしょうね!!!」と元気よく答えてました(笑)。

「星合君からは、サッチモのグロール(※)は周波数変調と振幅変調の位相がずれている、などの解析結果も上がってきてまして、それなりの成果も出かかっていました。

ところが人工知能、AIは、それは即座にやっちゃうんだね。だから、その時代が今来てるんですよ、まさに今」

いやぁ、初老のわたしと同世代でもAIどころかスマホにも嫌悪感を示す人がいる中、目の前にAIの可能性にワクワクが止まらない様子の元気なご高齢者を見て、信じられない気持ちです。スゴすぎます。

※編集部注:
グロールとは、ボーカルテクニックの一種で、うなりのように喉を鳴らす効果です。

「そこで、じゃあもう合成は諦めて、サンプリングPCMをMIDIで変化させようと舵を切ったんです。オーディオ・フレーズそのものを、引き伸ばしてピッチや長さを変えてもおかしくないようにしようってね」


当時はまだ、再生速度を変えると連動してピッチが変わっちゃうっていう時代でしたね。

「そうそう、それをね、エラスティックにやろうということで、もう総力を挙げて。たとえば、日下部君は独自のVPアルゴリズムを担当してくれましたね」

エラスティックとは、「伸縮自在の」という意味です。当時、ちょうど素材を表す言葉として一般的に使われるようになった時期で、菊本さんはその言葉からインスピレーションを受けたそうです。

「単音の声は割とすぐできたんだけどね、せっかくなら、いわゆるオーケストラみたいな音もやりたいと。それは難しかったですね。和音は。

ただね、技術的には簡単にできたんだけど、人間は声に敏感でしょう。たとえば、今日はこの人、機嫌が悪いななんてことは、声を聞けばすぐ分かる。

だから、下手にいじくったらすぐ分かるんですよ。そういう意味で、市場に受け入れられるものにするのは難しかったですね」

もしかしたら読者のみなさまはピンと来ていないかもしれないですが、バリフレーズを開発していたのは90年代で発売されたのは2000年、つまり、ボーカロイド以前の話ですからね。またしても早過ぎた、ってやつですか・・・。今、いろんな機種の取材でバリフレーズの話がしょっちゅう出てきますから、ようやく時代が追いついた、ということでしょう。

「これを作った狙いは二つあってね、ひとつ目はアーティキュレーション表現のひとつとして。もうひとつはボーカルへの対抗があったんですよ。

自分の声を男声にしたり女声にしたり、子どもの声にしたりして、変化させたボーカルトラックを作ってほしかったんだけど、市場ではむしろ、あのケロケロが、逆にウケましたよね。あのケロケロはね、あれしか出なかったんですよね。これをどうやって改善するかといって必死でやって、バリフレーズに到達していたわけ。

そうこうしていると、ヤマハさんからボーカロイドがリリースされました。

当時の音声合成はクロスオーバーによる調音結合で、ロボットボイスのような違和感は完全には払拭できなくて、まだケロケロや鼻にかかったような声に違和感がありました。

しかし、CGによる女性キャラクターの動画との相乗効果が奏功してボーカロイド時代が来るわけです」

うわぁ・・・、なるほど・・・。

ケロケロ(ボイス)とは、ボーカル補正でピッチや音節の切り替わりのところで音がひっくり返ってしまう現象のことです。Daft PunkとかPerfumeとかが出てきたとき、その、技術的には改善できなかった現象を逆手にとって、効果として使われて流行ったんですよね。まさかそんな時代が来るとは思わなかったですよね。

ここから派生して開発されたのが、わたしの大好きなボーカル・デザイナーでした。この開発エピソードについての記事は、文末でご紹介しますね。まずはお話を進めましょう。

「当時ね、会長の梯さんが力を入れていたオルガンの開発が一段落ついたところでね、ちょうどその頃、山下君が、アナログのVP-330ボコーダプラスでも、キャリア(音源)としてサンプリングされたクワイヤを使ったら従来とは一線を画すようなクオリティの音が出ますよ、と報告してきました。

それならば、高精度なデジタルによるフイルターバンクと組み合わせたらと、エキスパートの中山君に担当してもらったのがVP-550ボーカル・デザイナーだった訳です。

山下君はボーカル技術で他にもユニークな提案をしてくれましたが、残念ながらその後、退職して亡くなりました。

梯さんはこの製品をシリーズ化して、教会音楽の分野へのプロモーションにも力を注いでました。
ドン・ルイスのデモも素晴らしかったよね。

https://youtu.be/RBG8T2f3uBE

(ドン・ルイスさんによるボーカル・デザイナー〈VP-550〉のデモ演奏)

ところが、ダメだったねぇ〜・・・、流行らなかった。

なんでだと思います?

ボコーダーを使いこなすには、どうも、弾き語りだけでない高度なスキルを要求されるようなんだな。非常にポテンシャルの高い楽器ではあるんですが。あと一歩、イノベーションが必要だったかも」

ここで我々取材陣、ない知恵を絞って、こうじゃないか、ああじゃないかと推論を出したのですが、もう20年前に開発した技術を、菊本さんが本気で「なぜ普及しないのか」と我々に問いかける姿に、つまり、当時のご自身の読みをみじんも諦めていない様子に感銘を受けました。

「ボーカル・デザイナーにしろ、電子ドラムのV-Drumsにしろ、未だにステージに上がって来ないのはなんでだろうな」


一部、出てきてますよね、最近。

「OCTAPADはようやくステージで見るようになったけどね。TR-909と同時期に企画して、アナログマフィア(※)の大江君が中心となり開発したものです」

(OCTAPADと菊本さん。写真はSPD-20)

※編集部注:
アナログマフィア:
菊本さんを中心としたTR-808などの開発に携わったローランドのエンジニア集団。

(アナログマフィアの皆さん。左から、門屋さん、松岡さん、藤原さん、菊本さん、大江さん)

初代「OCTAPAD」ことPAD-8とは、こちらです。TR-909は史上初のMIDI搭載型リズム・マシンであり、同時開発していた初代OCTAPADは史上初のMIDIパーカッション・コントローラーだったわけですね!形も斬新!

(初代「OCTAPAD」PAD-8〈1985年発売〉)

今や、当たり前にプロの現場で使われているシリーズです。このメルマガでも後継機種のSPD-SXを特集しました。

このとき、スーパーナチュラル音源も菊本さんが手掛けていたとお聞きしました。

「あぁ、アーティキュレーション研究のひとつとしてね、あれ?あれは誰が引き継いだんかな。引き継いでやってます、と言っていたけど。僕はバリフレーズの方にいっちゃったから」

(スーパーナチュラル音源搭載のJUPITER-80〈2011年発売〉)

スーパーナチュラルは、楽器の振る舞いをモデリングする音源で、Jupiter-80などに搭載されていたんですけど、時を経て、ものすごい脚光を浴びることになるんです。

それが、エアロフォンです。

ローランド初の「息でコントロールする楽器」にスーパーナチュラルを搭載してみたら、ものすごくいい音がするということが分かったそうです。

(ローランド初のデジタル管楽器エアロフォンAE-10〈2016年発売〉)

  

VP-9000も今になって再評価されているという話ですよね。

「VPは、最初はボーカル・プロセッシングという、そういう意味だったんですね。だけど、まあやってるうちにボーカルだけじゃなしに、あらゆる楽器の音を伸び縮みさせるバリフレーズになりました。

そして、それが連続してループになったもの、フレーズになった音をMIDIで変化させて扱えるという技術が必要だなといって、開発を始めたんですよ。それが93年ごろの話ですかね。

時代はサンプリングでね、ループ素材を作って、それをタイムストレッチさせるということにいろんなメーカーがチャレンジしてた。

限られたメモリの中で、手の出る価格で、どうポリフォニックにするか、ということをやっていたね。ローランドの技術はかなり進んでいたと思いますよ」


VP-9000を発表したときの周りの反応がけっこう厳しかった、とお聞きしたんですが・・・。

「DJがね、ターンテーブルを回しながらやってるのを見て、やっぱりバリフレーズだというふうに思って、開発を進めていったのね。で、VP-9000を作ったんだけれども、みんなの評価は、今時たった6ボイスか、と。スペックで、やっぱりね、言われてしまった。

そしてもうひとつ、使い方が分からないというんですよ。

全世界から関係者を集めた社内会議で、当時、海外営業部から言われたのは、『海外の連中、みんな気味悪がってます。あのバリフレーズは何をどうしたらいいんですか?って、分からなくて怖がってますよ』って。

どう売ったらいいか分からない、何に使っていいか分からない、たった6ボイスで、1音1音はすごいんやろうけども、それを鍵盤で弾いて何をするんや、ということを言われましてね」


菊本さんの構想では、何か使い方はあったんですか?

「本当はもっと安くできたらね、DJが使っているようなターンテーブルの代わりにピッチを変えると。つまり、回転数を合わせて、タイミングを見計らって切り替えるというのをね、選べるじゃないですか。

そういうことを言ってもね、みんな、あの、ピンと来なかったんですよ。たった6ボイスのシンセサイザーかという話なんですよね。

だから、これ、ピッチ、テンポ、フォルマントを独立して自由に変えられるターンテーブル6台分だと思ったら、使い方は分かりますよね。だけど、僕の説明とアピールが不十分でした。というのも、DJに寄り過ぎると『Lo-Fiしかできないのか』という誤解を招く懸念もあったからね、せっかくの高音質処理なのに」


それで、今、再び注目されている、といういつものパターンですね?

「まあ、そうですね、今はもうDAWの中に1つの機能として、当たり前みたいに入ってますからね」

(2000年に発売されたバリフレーズ初号機のVP-9000)

もう何度も書き過ぎてデジャブみたいになってますけど、とにかく早過ぎた、ということですよね・・・。

菊本さんが語られているように、VP-9000はセールス的にはヒットはしませんでしたが、その後Daftpunkの有名なロボット・ボーカルのサウンドや音楽プロデューサーのKenny Dopeのミックスなど、一部のコアなミュージシャンに愛用されました。

そして、その技術は3年後にあるシンセに引き継がれます。

当時、菊本さんに見えていた未来とは?については、次回お話します!SFですよ、SF。
どうぞお楽しみに。

  

  

▼ボーカル・デザイナーの開発秘話はこちらのバックナンバーもご覧ください。

あれはボコーダーじゃなかった! >>

  

(2026.04.30配信号)

ライター

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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