メルマガ「ローランドの楽屋にて」

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YMOがTR-808試作機を公開してました

1980年12月29日のことです。

オーディオ・マニアだった菊本忠男さんは、NHK-FMを慎重にエアチェックしていました。ちょうどYMOの武道館公演で発売前の「千のナイフ」の演奏が始まりました。

緊張感の中、菊本さんは流れてきたイントロに驚愕して、椅子から転げ落ちそうになりました。

「こ・・・、この音は・・・!」

そう、当時、この音を聴き分けられたのは日本中でただ一人、開発者の菊本さんだけだったという、まだ流通していないはずの新型リズム・マシンTR-808のハンド・クラップだったのです!!

(伝説のリズム・マシンTR-808)

「貸し出していた試作機を教授がライブで使った?」、「営業が先走った?」、菊本さんの想像では諸説あるらしいのですが。コンピューター(マイクロ・プロセッサー)の登場により、まだ世の中にない楽器がじゃんじゃか生み出されていた時代。ミュージシャンとエンジニアが同時進行で模索しながら作られていたということだったのかもしれません。

世界で最初にTR-808のサウンドがオンエアされた瞬間でした。

(イラストは編集部で再現したものです)

みなさま、おはようございます。坪井佳織です。

創刊から8年目、ついに、ついに、編集部一同の悲願であった、TR-808生みの親、菊本忠男さんを取材させていただきました!!菊本さんは長年ローランドの技術を牽引(けんいん)されてきた方です。

今週からいったいいつまで続くのか、わたしも予想できてない、すごすぎるロングインタビューを、余すところなく、そう、ちゃんとした媒体ならカットされるいらん雑談も、いやむしろ!!!今まであまり世間では知られていないであろう、菊本さんのお人柄に迫る部分にこそスポットを当て、「楽屋にて」ならではの特集記事をお届けします。

まずはわたくしと菊本さんの関係について、あっ、やましいことはないんですけども(←当たり前)、少々、ご紹介させてください。

1990年代後半、わたしがローランド浜松研究所に勤務していた頃、研究所長でいらしたのが菊本さんでした。
当時、わいは20代。この記事の失礼さにガクブル(((;゚д゚;)))しているみなさん、安心してください、もっとひどかったのです!!

怖いもの知らずのわたしは、飲み会で大はしゃぎして菊本さんに絡み、次の日に「あの子、おもろいな〜」と言われておりました。闇の漆黒歴史です。

当時の研究所では、毎週月曜日に全体朝礼があり、全員が集まって菊本さんのお話を聞く機会があったのですが、わたしが思っていたことは「ぜんぜん分かんない・・・」というアホ過ぎる感想でした。今思うと、技術的に難しいのみならず、菊本さんのお話にはいつも哲学が入っていました。哲学と技術の境目なくお話されるので、「今、たとえ話か、現実の話か」区別がつかなかったんだと思います。

それなりに歳と経験を重ねた今は、興味深すぎて、あの頃のわたしの耳を引っ張って「もったいない!!おまえ、ちゃんと聞け!!」って言ってやりたいです。

そんなこんなで、「いつか楽屋で菊本さんにインタビューしたい」という編集部からのご提案に及び腰だった(理解して記事に起こせる自信がなかった)のですが、菊本さんの右腕として長年活躍されていた星合さんが助けてくださるということで、晴れて取材実現となりました。

菊本さんは菊本さんで、

「菊本さん、ローランドからこんなメルマガ出てんで。
なんで菊本さんが登場せぇへんねん。パワハラでもしたんちゃうか〜?」


と、アナログマフィアのみなさんから言われていたそうですwww。

(アナログマフィアとは、かつてTR-808開発に関わった古参エンジニアたちがローランドを卒業したあと結成したOB開発集団。左から、門屋さん、松岡さん、藤原さん、菊本さん、大江さん。)

まったく違います。「こんなアホなメルマガにまさか出ていただけないだろう・・・」とわたしが勝手にビビっていただけでございますぅ〜〜〜。

さて、本題に戻りましょう。(ようやく)
まず最初に、TR-808を開発することになったきっかけをお話いただきました。

「1979年ころかな、社長の梯さんがLinnDrumの音というのをドンちゃんに、どうも噂を聞いたみたいでね」


あっ、ちょっと待ってください!解説します!

「梯さん」とは、当時の社長の梯郁太郎さんです。この先、梯さんとの関係なしには菊本さんのお話はできません。実はわたしもとあるお仕事で何度もご自宅横のオフィスへお邪魔してました〜。

(菊本さんからご提供いただいた写真です。左:菊本さん、右:梯さん)

「LinnDrum」は、リズム・マシンのひとつです。Linn LM1は世界で初めて、生ドラムをサンプリングして音源にした製品でした。

「ドンちゃん」とは、オルガン奏者のドン・ルイスさんで、梯さんと深い親交がありました。

「LinnDrumはね、商品出す前に、だいぶ前から、その、業界で発表してたんだよね。

だからその噂をドンちゃんから聞いて、で、そのうちに音もカセットテープか何かで聞いたら、これがなかなかいい仕事をされていたんですよ。

で、こんなリアルな音のリズム・マシンをね、梯さんが1,000ドルで作れへんかって」


う〜む、同じ時代を駆け抜けた菊本さんが他社さんの音を「なかなかいい仕事」と表現されるところ、グッときます。きっと業界全体に「ワクワク」が溢れていたんでしょうね。

「で、計算したらね、サンプリングで作ると1万ドルぐらいになるのね。
メモリーも含めて。(当時はメモリーがめちゃくちゃ高かった)

とても1,000ドルじゃ無理ですからというんで、じゃあRolandはシンセサイザー・メーカーなんだから、決められた音じゃなしに自分で作れるようにしましょうと。

で、僕も当時は、シンセサイザーでそういう音が作れるというか、むしろもっとすごい可能性があると思ってたんでね。

ところがやってみるとね、そう簡単にできんなということがわかってきて。
で、結局はCR-78で使われたようなアナログの技術をうまく活用しながらこれを作ったんですよ」

CR-78とは、1978年にローランドが発売したリズム・マシンです。リズム・パターンをプログラムして保存できるのが画期的でした。

TR-808は発売当初、レコーディング・スタジオでドラムの代わりに使えるものとして売り出したので、生ドラムと比較された結果、音がリアルじゃないということで、あまり売れませんでした。

その後、中古市場で入手したミュージシャンにより、ヒップホップやR&Bなどで想定外の使われ方をしてレジェンド機になった、という話はあまりにも有名です。

これ以降、「時代が早過ぎた製品が想定外の使われ方で復活する」というのは、ローランドのお家芸みたいになってます。必ず、TR-808の話が出てきます(笑)。

ところで、最近、菊本さんがTR-808を「悪魔の音」とおっしゃってるのを聞いて、すごく興味がありました。
あれって、つまり、どういうことなんでしょう?

「バロックとか教会音楽には、重低音がある。通奏低音(つうそうていおん)だよね。

パイプオルガンなんかで言うと32フィート。32フィートってね、16ヘルツの音が出るんですよ。で、そういう音はね、レコードの中に入らないんです、もう。
低すぎて針が飛んでしまうので。

そういう低い周波数は、振幅が大きいですからね。
レコードが回ったとき針がぶっ飛んじゃうわけやね」


ってことは、実際の音楽では鳴っているのに、記録として後世には残らない、ということでしょうか?

「そういうことです。だから教会でだけ聞こえる音だったというわけ。

80年代中頃、ブルックリン生まれのあるDJがヤオヤ(TR-808の通称)のベース・ドラムのディケイを長くして曲を作ってきた。それを敬虔なクリスチャンであったプロデューサーが短くカットしてリリースしたそうです。

これは悪魔の音だ、と。」


悪魔の音・・・?
教会でのみ鳴っているはずの低音と同じ音というか響きがTR-808から出てた、ってことですか。

「そう。
普通のスピーカーだと壊れてしまうから出せない。

出たとしても体で感じるんだよね。
耳では聞こえない音」


聞こえないんですか?

「低すぎて耳では聞こえない。
みんながヤオヤと思って聞いてるのは、実はヤオヤの基音じゃなしに、もっと上の倍音※を聞いてるんです」

※編集部注:倍音とは、基音(基本となる音)の整数倍の周波数を持つ高い音のことです。ギターのハーモニクスとかも倍音ですね。


なるほど。それにしても、なぜ教会と同じ響きのことを「悪魔の音」と言われたんでしょう?

「教会でしか体験できないはずの長大なパイプオルガンから出る聖なる重低音が、ダンス音楽で使われることを冒涜だと思ったのかもしれんね。

ダンスしてる人たちは、耳で聞こえる音だけじゃなく、もっと体で感じるのを聞いてトランス状態になるのね。

僕もそのことを知ったのは2、3年ほど前で、スタジオていうかね、クラブでその音を体で体験したんです。ヤオヤのベース・ドラム音は体で聞くもんなんだというのをね。

だからその音はね、敬虔なクリスチャンであるプロデューサーにとったら、教会で聞くような音をこんなとこで、つまりダンス・フロアで出したらけしからんと思ったんでしょうね。

だから、そのプロデューサーは低音を削ったんですよ、せっかくDJが作ったのに、ボリューム下げて。

それが悪魔の音。
その音を悪魔の音だと言われたんです」


ひぃ・・・、ご自身が作られた楽器の音を「悪魔の音」と表現され、菊本さんはどう思われたんでしょう?

「僕は、これは素晴らしい面白い話だなと思ってね。
で、これを世界中に広げようと思って。

実際、低音はね、出すべきなんですよ。ハイレゾの超高音より音楽的に重要な音なんじゃないかな。

それで、クロスモーダルの低音復興というね、テーマを思いついたんですよ。

ダンスの世界じゃなしに、音楽全般に復興させようと。
ベース・ルネッサンスという名前をつけてね。

もっと重低音を体で感じるような音楽革命みたいなことをね、そういうことをやってみたいと思ったんです」


クロスモーダルとは、人間の五感が相互に作用し、影響を与え合う現象のことです。ASMRなんかも聴覚と触覚の相互作用ですよね。

このお話を聞いて、そういえば菊本さんは、いつもものすごく分かりやすいキーワードを思い付かれる方だった、ということを思い出しました!

開発当時、TR-808からそんな音が出ているということは分かっていたんですか?

「全然知らなかった。

Rolandでもね、その、これを出すようなスピーカーはなかったんですよ。
でも揺れてるのは見える。
スピーカーのコーンが波打っているのが見えるからね。

自然の音にすると聞こえないの。つまり、綺麗な音にするともう聞こえないんですよ。

で、教会もそうなんですよ。椅子が振動したりね、壁が振動してて、ブリブリブリブリいうんだよ。本当のパイプオルガンの32フィートの音というのはね、聞こえないはずなんだよ。体で感じるはずなんですよ。

それがヤオヤから出ている、と。つまり、宗教的な高揚感とダンスのトランス状態というのはたぶん繋がってるんじゃないかな」

「もともとは梯さんに言われた、1,000ドルでスタジオで使えるものを作んなさいっていうところがスタートで。

ところが、聞こえない重低音が出るだけでですね、決してリアルな音はなかったんですよ。

みんなが求めてたのは、ステージでああいう、パーン、パーン、パンと響くようなドラムが欲しかった。あの音がね。
で、その音はね、あんまり重低音を含んでないんですよ。

少し話は逸れますけれど、本来ね、ステージ用でキック・ドラムを作った人も、もっと本当は太い大きな音を出したかったはずなんですよ、音楽は。
ところが、持ち運びとかセッティングを考えたら、そんな大きなもん作れないじゃないですか。

だから、あの辺で妥協した、制約したものが今の標準なんですよ。

で、そういう音を(TR-808で)作ってくれと言われてるところに、僕らできなくて、で、巨大なスピーカーで出るような音になってるわけですね、これね。
それを使って、ダンス・フロアで彼らが踊り始めたわけです。

だから、こっちの方が彼らにとっては、リアルじゃなかったけどね、アイデアル(理想的)な音だったんですね、きっとね。

人類は、和洋東西問わず、昔から理想の重低音を希求してきてるでしょ。たとえば、狩や戦に出るとき、獲物への威嚇、収穫を祝うとき、軍の鼓舞や戦勝の凱旋、それから神や先祖の祈り、鎮魂、祭礼、いくらでもある。

(巨大な太鼓の画像は、実際の資料を元に編集部で再現したCGになります)

だからヤオヤの重低音がダンスの世界で普及してるうちに、みんながこっちの方がいいということになったんじゃないですか?」


そういえば、以前、メルマガの取材で富山県までリズムボックスマニアのオタク訪問に行ったとき、
「TR-808はオリジナル機でしか出ない音がある」っておっしゃってた!!!

ワクワク・オタク・ワンダーランド >>
↑ぜひ、この記事のTR-808を大音量で鳴らしたときのエピソードを読んでみてください。

「そんな音はその、教会と同じでそこの場でないと聞こえない音だし、大きなスピーカーでは鳴って、でも録音することはできないわけ。
つまりオーディオにできないわけですよ。オーディオ界は最先端でも重低音はカットしてきたんだね。

それが実機だったらアナログだから“出ちゃう”わけですね。
出ちゃうんですよ。
直接繋げば。
スピーカーが壊れちゃうけどね」


スピーカーが壊れるような音が出る、ということは、開発当時からご存じだったんですか?

「いや、その頃はもう、あの、もう売れないという状態でね。とにかく早く忘れたかった(笑)。

で、今度それをね、なんとかいけるという、909に、そっち行ったんだね」

TR-909は、当時新入社員だった星合さんが、金属音系をほぼほぼひとりで作ったという機種です。

「それも今度開発に時間がかかりすぎてね、もう世の中はどんどんサンプリングの方へ行ってんのにも関わらず、アナログにこだわっていたから。
それでもう間に合わんから、シンバルとかはデジタルで行こうって星合くんに託したんだね。

もうね、シンバルまでやっていたら、ヤオヤのキックの音を改造することもできなかったんですよ。

で、それでもそれなりにね、その低音を、つまり、あの、アコースティックの音のような、パンパンという音には近づけたんですよ」


託されたあとのエピソードはこちら

TR-909開発者がまだ社内にいる件 >>

TR-909開発はまさかの… >>

アコースティックのキックに近づいた、というのは、ある意味、TR-808のリベンジに成功したということですよね。

「近づけたんだけど、まぁ、理想とする、ユーザーが自由に音を作れるというシンセサイザーとしては完成しなかったんです」

「でも、梯さん、やらせてくれたんで、これ、僕、今感謝してますよ。
もう1回アナログで挑戦させてくれって言ったらね、もう世の中サンプリング時代来てるのにね、『やってみろ』と」


「まぁ、またまた失敗したわけですが、これが次世代デジタル・シンセサイザー開発の重大な手がかりを得るきっかけとなるんです」

・・・そのお話はまた今度のお楽しみです。

今回のメルマガは、菊本さんの朝礼をみんなで聞こうよ、というコンセプトで、なるべく菊本さんの口調そのままを紙上再現するようにしてみました。今ならめちゃくちゃ分かりやすいのに、なぜあの頃のわたしは「ぜんぜん分かんない・・・」と諦めていたんだろう・・・。悔やまれます。

グッと来ませんか?

ちなみに、今、10分の1くらいですw。

(2025.08.07配信号)

インタビュー2:MIDIの名は住之江フォーマット! >>

ライター

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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