引き出しでかいわれ大根を育てる先輩
おはようございます。
坪井佳織です。
ヅァッ、ヅァッ、・ヅァヅァっ!!
♪どんなときもぉ〜、どんなときもぉ〜♪
1991年に大ヒットした、槇原敬之さんの「どんなときも。」・・・の真似をするウッチャンの「ドンナトキモ槇原」というネタを覚えてますか?
実はあのネタの笑いどころは、弾きもしないのに、ちゃんとスタンドからペダルまで、槇原敬之さんと同じローランドのステージ・ピアノRD-1000を使ってた、ってところです。

(画像は編集部の山本が描いたものになります。槇原敬之さんのモノマネをする1992年ごろの内村光良さんです)
この原稿を書くにあたり、「あれ、本当にホンモノだったのかなぁ?ハリボテかなぁ?」と思い、ネットに転がっている動画をよぉ〜く確認しましたが、まごうことなきホンモノでしたwww 昔のテレビすごいwww
それにしても、上にもう一台キーボードを置けて、弾き語りスタイルのアーティストが真正面からテレビに映っているというかっこいい佇まいは、当時大学生だったわたしも「いいな〜、かっこいいな〜、欲しいな〜」って思ってました。コンパクトで軽量になり、あの形である必要がなくなった今でも、やっぱり憧れます。

(1986年発売、初のデジタル・ステージ・ピアノRD-1000)
本日は、1986年に発売されたRD-1000から現在のRD-2000シリーズまで、歴代RDを開発した3世代エンジニアにお話を伺いました〜!というのも、今年はRD発表から40周年なんです。3世代エンジニアの皆様にお集まりいただけるなんて!すごい!

まず最初に初代RD-1000の開発に携わったのは、元社長、三木純一さんです。入社10年目くらいだった三木さんが防音室にこもり、来る日も来る日も実験を重ね、最初の1音が「ご〜ん」と鳴ったのを聴いて、当時の社長、梯さんが細江工場を建てることを決意した、というのは社内ではあまりにも有名な話※です。
編集部注:
1998年に発行された「ローランド25周年の歩み」という社史に、三木さんが書かれた以下のエピソードが掲載されています。

このメルマガで壮大なストーリーを取材させていただいた菊本忠男さんも、「普通なら嫌になりそうな作業を三木君がとにかく黙々とやってくれた」とおっしゃっていました。
菊本さんロング・インタビュー「ローランドを襲ったDX7ショック」 >>
今回、ぜひ伺ってみたかったのは、そんなにも辛い仕事をどういう工夫で乗り切ったのか、というプロフェッショナル仕事の流儀です。

(RD-1000のサウンド開発担当、元社長の三木さん)

「え。
全然嫌じゃなかったですよ。
音屋(サウンド・エンジニア)だったら誰でも楽しくやれるんじゃないですかねぇ」
・・・流儀、ありませんでした(笑)。
当時は1音色に1年くらいかけるという開発スピードで、現在のタイトな開発スケジュールと比べるとプレッシャーはそこまで無かったそうです。音を出す仕組みがアナログからデジタルへ移行している時期で、各社が試行錯誤を繰り返し、そのくらいかけないと新しいものを生み出せないという時代でした。
音作りにはトータルで4〜5年かかりました。

「楽器を動かすための心臓部はマフィアがやってて、僕はただひたすら作業をしていただけです」
ちょちょちょちょ!
要説明!!
「マフィア」とは、菊本さんを中心として、TR-808などの開発に携わったローランドのエンジニアたちが引退後に結成した「アナログマフィア」という、いたって平和な技術集団のことです。

(写真提供:菊本さん/アナログマフィアのみなさま。左から、門屋さん、松岡さん、藤原さん、菊本さん、大江さん。ちなみにこの方々を「アナログマフィア」と呼び始めたのはゴダイゴのドラマー、トミー・スナイダーさんだそうです)
なぜローランドのデジタル音源の最初がピアノだったかというと、当時の技術部のトップだった菊本さんが「初デジタルでリアルなピアノ音を作ろう」と提案されたからだそうです。その当時のアナログ音源で鳴らすことができるピアノの音といえばエレピ音色でした。リアルなピアノ音というのはなかったんです。
鍵盤は木製で、当時は自社開発ではありませんでした。
ゴダイゴのミッキー吉野さんがとても気に入って弾いてくださっていたのですが、「手が痛い」というフィードバックをいただき、「質量感が足りない」ということが分かりました。この後、「ピアノ鍵盤は自社開発じゃないとダメだ」となったそうです。
RD-1000といえば、エルトン・ジョンがワールドツアーのために「持ち運びができてマイクを立てずにピアノの音が鳴る楽器」として使ってくれたことで一気に有名になりました。今もあらゆる動画でエルトン・ジョンがRD-1000を弾く姿を見ることができます。

(画像は編集部の山本が描いたものになります。RD-1000を演奏するエルトン・ジョンさんです)
世界中の有名なアーティストが演奏しているのを見て、当時、どんなお気持ちだったんですか?

「嬉しいというか誇らしいというか、そういう気持ちでしたね。
といっても、家族にちょっと話すくらいで、喜びの表現はほくそえむ程度です。エンジニアはみんなそんな感じじゃないでしょうか」

はぁ・・・、すごい。
尾ひれ背びれを付けまくって誇張して大騒ぎするわたしには信じられないです。
さて、そんな三木さんが音の先生だったという後輩が、RD-700を担当した鈴木康伸さんです。

(RD-700の製品リーダー鈴木さん、ちなみに現在はローランドの取締役です)
わたくし、鈴木さんとは、がっつり所属期間と担当楽器が被っていまして、よく存じ上げておりました。温厚でちょっとだけヘラヘラしてる(←失礼!)鈴木さんのことを、みんな「すじゅきさん」と呼んでました。ローランドは早々にイントラネット(社内ネットワーク)が整備され、90年代の時点で社員はみんなメルアドを持っていました。「suzuki」さんはたくさんいましたから、区別するために「sujuki」さんと綴ってたんですよね。
当時の三木さんは、休憩時間になると引き出しからお菓子を出して食べていたらしいです。しかも、「おひとつどうぞ」と後輩にあげるでもなく、自分だけ。
「三木さんの机の引き出しにお菓子が入っている」というエピソードは社内ではめちゃくちゃ有名で、わたしが聞いたのは「2段目でかいわれ大根を育てていて、3段目に猫を飼っている」というものでしたw。鈴木さんが面白おかしく吹聴したのが、さらに脚色されて広まったのでした。
今回、「あの噂の出所は・・・」「はい、間違いなく僕です」と犯人を確保できました。

鈴木さんが担当したのは、RD-1000の15年後、2001年に発表されたRD-700です。

(2001年発売の初代RD-700。この後RD-700SX、RD-700GX、RD-700NXと13年にわたってステージ・ピアノの代名詞となる記念碑的製品)
この間にもRDにはたくさんのシリーズが展開されていまして、前機種のRD-600の評判がとても良かったことから、「これをベースにリニューアルしましょう」ということで計画されたのがRD-700でした。
ここでRDシリーズの歴史が大きく変わったのは、ステレオ・サンプリング音源になったことです。
鈴木さんは長く電子ピアノ開発部署に所属していました。この部署で開発していたのは、脚(スタンド)や蓋が付いた、おうちで弾くピアノでした。見ため的に、「発表会じゃないんだからwww」と、これらをステージで使うということはあり得ませんでした。
令和になって、Official髭男dismがホームタイプのピアノでテレビに出たときは衝撃で、一気に「発表会かよww」→「かっこいい〜〜!!」に変わりましたよね。

(画像は編集部の山本が描いたものになります。似てなくてすみません)
RD-700より前のRD-500や600はシンセ音源をベースに開発していましたが、「よく考えたら、ピアノはピアノ専用音源の方が良くね?」と、「餅は餅屋」理論でRD-700はホーム・ピアノ担当者が開発することになり、白羽の矢が立ったのが鈴木さんでした。
任命されたときは「うわっ、楽しそう!!ついに自分の担当製品がテレビに出るぞ!」と、めちゃくちゃ「らしい」感想を持ったそうです。
関わってみると、「電子ピアノ業界での当たり前」がシンセ界では当たり前ではなく、それまでの経験がおおいに活かされることになりました。当時、XV-88というシンセサイザーとRD-600が同時に販売されていまして、どちらも88鍵。じゃあ何が違うのかというと、シンセは自分で音を変えられるというコンセプトで、たくさんの音色が入っててピアノだけにメモリを使うわけにはいきません。
一方のステージ・ピアノという名前のRD-600も、鈴木さんが長く関わってきた、ピアノ音色にこだわった家庭用の電子ピアノには及びませんでした。そこで、「ピアノの音にこだわりまくった」とのことでした。
こだわった点としては、新音源システムの他に、
・背面や側面にもステージらしいデザインを採用
・ステージ映えするチタニウムグレーと大きなリア・パネル
・MIDIで外部音源をコントロールする
などがありました。


(RDシリーズの特徴でもある大きなリアパネル。画像はRD-700NXです)
こだわりが通じて、ステージ・ピアノの定番として超人気製品になりまして、テレビで見るRDといえばしばらくRD-700シリーズでした。累計販売台数も歴代トップとなりました。
「RDといえば700」という時代に終止符を打ったのは、笹森さんが担当されたRD-2000ですが……今回、「鈴木さんと笹森さんを同時に取材に呼んで大丈夫か?」というザワつきが編集部内にあったらしいです。
その話は次号をお楽しみに!
チラ見せ予告↓
「え〜、バトルといっても怒鳴り合いとかそんなんじゃないですよね?」
「いえ、怒鳴り合いです。
エンジニア人生で初めての経験でした」
ごくっ(゚Д゚;)!!!
(2026.02.26配信号)
後編:防音室を突き破る怒鳴り合いの末に生まれたのは? >>