防音室を突き破る怒鳴り合いの末に生まれたのは?
おはようございます。
坪井佳織です。
前回のあらすじ
今年(2026年)、発売から40年を迎えたRDシリーズは、元社長の三木さんが黙々と実験をして作った、ローランド初のデジタル音源、SA音源を搭載したRD-1000から始まりました。その15年後、大ヒット製品となるRD-700の開発リーダーになったのは、長く家庭用電子ピアノを開発してきた鈴木さんでした。くしくも鈴木さんが入社したとき、音について教えてくれた先輩が三木さんでした。
本日は、続きをお届けします。

「だkごあdhぺあにふぁいそdgdklはれおふぃねあおいlghじおだs;!!!!!」
「kdgshぎおれなお;あskfほえいわgんkぁd;s;ふぁkそjgのえp!!!!!」
ローランド社内には、防音室がいっぱいあります。
狭いものから広いものまで。
防音も吸音もしっかりしてて、めちゃくちゃ贅沢な施設です。
扉を閉めたら少なくとも仕事の妨げになるような音量では何も聞こえてこない・・・
・・・はずなのですが、さすがに怒号が鳴り響いてると、聞き耳を立て、息を飲みそう。
ましてや、怒鳴り合っていたはずのふたりが出てきて、仲良く缶コーヒーを買っていたら?
なんと声をかけたらいいのか分からなさそう。
こんなことはローランドでは滅多に起こらないのですが、怒鳴り合っていた二人は、ホーム・ピアノHP/FPシリーズを開発していた鈴木さんと笹森一義さんでした。

(左:笹森さん、右:鈴木さん)
当時、鈴木さんは音の担当。笹森さんはスピーカーの設計担当でした。
揉めた原因は、それぞれに目指すサウンドの方向性が違っていたからです。
笹森さんは学生時代からのシンセオタクでした。
中でも、高くて手が出なかったRD-700に憧れ、「いつかお金を貯めて買うぞ!」と思いながらローランドに入社しました。
シンセは好きだったので、音に関わる仕事は嬉しかったそうなのですが、レポートなどで目にする「音がキツくて耳が痛い」などのフィードバックを理解できずにいました。そこで、プライベートでも出先でいろんな楽器店へ行き、どういう環境でどういう音が鳴っているのか、徹底的に調査しました。
いろんな環境のピアノの音を耳に叩き込み、自分の中に「楽器としてよい音」を作り上げていきました。笹森さんの中に「エンジニアが妥協してはダメだ。ベストをつくそう」という信念があったからです。
それで、10年以上のキャリア差がある上司、鈴木さんに対しても決して妥協せず、「いい音とはこういう音です!」と主張を曲げませんでした。
一方、鈴木さんには苦い思い出がありました。
ある、チャレンジしたピアノ音色が社内で「これは売れないよ」と酷評されてしまったのです。実はこのピアノ音、わたしもすご〜〜〜くよく覚えています。今までにない、とても個性的な音色でした。参考にしたイタリア製高級グランドピアノがあったので、世の中にまったく無い音、ピアノとしてあり得ない音ではなかったんです。ただ個性的。わたしは大好きな音でしたね〜。初めて実機に搭載されたときは夢中で弾いてたなー。
二度とあの酷評を繰り返したくないと同時に、笹森さんに対しても“いい音”が売れるとは限らないから「あの思いを経験させたくない」という先輩心があったかもしれませんね〜。
お二人それぞれの信念が見事にぶつかってしまったわけです。
当時、怒鳴り合いの揉め事に発展していることはもちろん周囲も気づいていました。笹森さんは他の先輩からやんわりと「もう少し先輩の話を聞けよ」と説得されたり、間を取り持たれたりもしたそうです。
ただし、鈴木さんは心に決めていたことがあって、それは、「防音室を一歩出たら引きずらない」ということでした。
それで休憩室の自動販売機の前で、さっきまでバトルしていた笹森さんに「何買うの?」などと話しかけ、笹森さんも「あぁ、普通に接してくれるんだ」と分かって、「これうまいですよ」などと返事をし、関係性が悪化することはなかったそうです・・・。
結果として、少しずつ、少しずつ、お互いが歩み寄り、落とし所を見つけていきました。

「ここは信じてほしいみたいなことを言われて、自分ひとりで作っているわけではないので、あぁ、そうか、それもそうだなという感じで少しずつ理解していきました。
今思うと、自分は長く付き合ってほしいので、“楽器として望ましい音”を追求していたんですが、鈴木さんは“店頭でパッと弾いた時に印象的でないと候補にも挙がらない。結果として長く付き合うきっかけがなくなってしまう”と心配されていました。
この経験から、その後、自分が製品を手がけるときには極限までどちらも得られるように工夫することに繋がっています。もしあのとき、議論をせずに“いいからやれ”と言われていたら、薄っぺらいものしか作れなかったと思います」

「後にも先にも、唯一怒鳴り合いの喧嘩をした後輩でした」

「まぁ、情熱がそうさせたんだろうねぇ」

このバトルから数年後、RDの新作を開発することになったとき、笹森さんが開発リーダーに抜擢されました。
そうして開発されたのが2017年発売のRD-2000です。
RD-700から16年が経っていました。

笹森さんが考えたのは、RDの持つアイデンティティーは踏襲しつつ、「コンピューターと一緒に使う」という時代の流れに合わせるというコンセプトでした。

特徴的な斜めのリアパネルはRD-700の角度に合わせて今風にリファイン。さらに指をひっかけて持ちやすいように改良しているそうです。

(上:RD-700NX、下:RD-2000)
RD-2000のパネル右側の音色選択エリアは、ステージで操作ミスがないように、また現場で初めて触るミュージシャンでも確実に音色を選べるようにシンプルにデザインされています。

パネル左側のコントロール・エリアはコンピューターのソフト・シンセを使うことも想定して、つまみやスライダーの設定値がLEDで光って表示されるようにデザインされています。

アーティストさんとも「ピアノ+シンセ」の使い方を徹底的に調査、ディスカッションして、「本当にプロが使えるステージピアノ」を構築していきました。
中でも、わたしですら知っているのが「踊れるピアノインストバンド」のADAM atさんとのコラボです。音色も作っていただいたんですよね。このメルマガでも取材させていただきました。
ラジオに出ちゃった!! >>
ADAM atさんは浜松在住の方なんです。毎年、浜松でインストバンドの野外フェスを主催されています。
当時、さまざまなアーティストさんにお声かけしてご意見を聞いたのですが、ADAM atさんはとても細やかなフィードバックをまめにくださり、しかも浜松なので、笹森さんも「分かりました、ちょっと寄りますわ」と頻繁に直接お会いして調整を繰り返していったそうです。
わー、まるでショパンとプレイエル、ベートーヴェンとヴァルター、ブロードウッドみたいです。
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2号に渡ってお送りしたRDの歴史〜関わった3世代3エンジニアと怒鳴り合い〜はいかがでしたか?
三木さんと鈴木さんは、わたしが社内にいたときに本当にお世話になった方々でしたので、今回、開発にかける思いを聞けたことは胸熱でした。また、それぞれが次世代のエンジニアに対して温かい想いで見守ったり、尊重したり感心したり、こうやってRDを繋いで来たんだな〜ということも思いました。
ところで、この取材の後、元社長の三木さんから「ランチに行きますか、おごりますよ!」とお声かけいただきまして、「えぇっ、いいんですか?」とか「そんな、自分の分は払いますよ!」とか1ミリも言うことなく、っていうか、わたしも鈴木さんもめちゃいい年で、もうご馳走してもらうような若手でもないくせに、遠慮なく季節のスペシャルメニューを奢られましたwww

この、「一仕事終わったらみんなでご飯に行く」感じ、なんか懐かしかったな〜。
このために仕事してる感じだったよな〜。
ごちそうさまでした!!!
(2026.03.12配信号)