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さんまもシンセも目黒に限る!

あけましておめでとうございます。坪井佳織です。
みなさま、新年いかがお過ごしですか?
さて、本日は2025年末にお届けした「ローランドを襲ったDX7ショック」の続きをお送りします。

SA音源を搭載したローランド初のデジタルピアノ、RD-1000が発売された当時のローランドの音源方式っていうのは、どういうアイデアだったんですか?

「部内ではさんま合成と呼んでいたんだけどね。さんまは頭に『これぞさんま』というアイデンティティがあって、その後にうろこが繰り返されて、最後に尾ひれがあるでしょう。うろこは、青から空色、そして白にとグラデーションになっていますよね。

音も同じで、音のアイデンティティの9割はアタックにあることをヤオヤ(TR-808)の開発で気付いたんですよ。

そこで、最初のアタック音をサンプリング音で特徴を持たせて、ボディの部分はグラデーションのうろこにあたるグラニュラーをループすることで、メモリを大幅に減らすことができるんじゃないか、というのが、さんま合成のアイデアだったわけ。このグレインを組み合わせることで「活き」のいいピアノができました。しかし、正直にいうと生々しさがイマイチではありました。

(2025年12月に再配信したD-50回より再掲。あの話のコアな部分が今回語られております)

実は、ピアノの音というのは、解析していくと、いろんな(音の)ゴミがいっぱい混ざってる。そのゴミが生っぽさの理由なんだね。さんま合成ではそれを『脂』と呼んでね、脂がある方がさんまも美味しいでしょ。

当時、目黒の、あるスタジオにオシロスコープを持っていって、そこに置いてあったピアノを観測させてもらったらね、やっぱりそのゴミ(脂)が入っていて、いい音がするわけ。それで『やっぱりさんまは目黒に限る』と、無理やり落語のネタに絡ませたりしてね(笑)」

目黒のさんま理論はローランドに語り継がれています。先日お届けした、「『Mr. PCM』と呼ばれたエンジニア」でも触れられていました。文末にリンクを付けておきます!

「しかし、この世界初のグラニュラー合成SA方式によるピアノは、生々しさには欠けるが、ダイナミックなサウンドの評価は高かったですよ。また、このSA方式のアーキテクチャー(構造)は次のLA合成方式に受け継がれ、さらにサンプリングやPCM音源、V-Synthへ至るローランドの基礎技術になりました。

このSA方式のピアノでローランドはデジタル化の口火を切りましたが、これはいくつかの音色がプリセットされたステージピアノでした。つまり三木君以外の人、ユーザーが自由に好みの音を作れるシンセサイザーにするにはまだ高い障壁がありました」


その壁をどうやって乗り越えられたのですか。

「ヤマハさんもシンセサイザーDX7の前にGS1という電子ピアノを開発されました。FM合成は膨大なパラメータを調整、設定しなければならないので、一般のユーザーでも使えるようにするために、アルゴリズムとユーザーインターフェースの創意工夫に多大な時間を費やされました。

SA合成方式も同じで、グラニュラー方式も多数のパラメーター調整が必要です。そこで808や909の開発時に発見した打楽器系の音の立ち上がり部分が重要でその後ろは従来のアナログ方式で賄えるということを利用することにしました。

しかし、その先頭部分のグレインにどんな音素片を用意するかが問題でした。あまりに具体的な音だと汎用性が損なわれるし、抽象的だとノイズやパルスのようにリアリティが無い。

で、アメリカに行ったときに、エリック・パーシング(ローランドUSの天才サウンドエンジニア)に雑談程度にそのことを話したところ、俺に任せろと言うんですよ。

彼はね、おそらくそれまでに同じ構想があったんでしょうね。よほど自信がないと言えないですよ。こういう人材に会えたのがね、D-50の成功の第一歩なんですよ。

このエリックのように、前編で述べた松岡君、星合君、遠藤君、田辺君、門屋(かどや)君らの技術スタッフと巡り会えたところに、半導体の進化がちょうどそこにこう、重なるようにしてくれてね。LSIがGate Arrayから乗算器が使えるASICに進化していました。そしてまあ、そういう幸運の連鎖があってね、こんなもの(D-50)ができたんですよ」

(ローランド初のデジタル・シンセサイザーD-50〈1987年〉)

お一人では無理だったということなんですね。できたばかりのLA音源は、社内ではどのような評判だったんですか?

「最初は不具合が出たりと混乱の声もありましたが、エリックに続いて、エア・サプライというバンドにいたエイドリアン・スコットもすごい音をどんどん作ってくれて、社内は大いに盛り上がりましたね。

LA方式は、アナログの素直さ、分かりやすさと、自然音の持つリアルさを複合させて作ったということです。最終的にはそれを理解してもらえました」


他にD-50で採用した特徴はありますか?

「世界で初めてコーラスやリバーブなどDSPエフェクターを搭載して、ステレオ出力でサウンドに空気感、空間性を与えました。当時はエフェクターというのは楽器の外でかけるものだったんだけど、組み合わせることによって空間性という必須の要件で相乗効果を創り出したんです。

しかし、それは邪道だという人がいました。

何か前例のないことを始めようとすると、嫌悪したり抵抗する人が現れます。TR-808ではベースドラムのディケイを伸ばせるようしたこと、ドラムのプログラミングにおいて、ステップやTR-RECのようなOn Grid、つまり正確過ぎるタイミングで記録したことなどですね」


ちょっと疑問なんですけど、当時、誰も聴いたことのない音を生み出していたわけじゃないですか。エリックが作った音が“いい音だ”ということは誰が評価するんですか?

「いや、一発で分かりましたよ(笑)!

うぅっと唸ったからね、あの時。当時、他の楽器ではそこまで思ったことはなかったですよ、他社さんも含め、いい音だなとは思いましたけどね。唸ったのは初めてだったな」


ということは、人間って、未知のものに対しても「いい音だ」と感じる感性みたいなものは備わってるってことなんでしょうか?

「感性!!!非常にいい質問ですね。

TR-808の時を思い出してみてください。社内も国内も欧米も、楽器市場からの評価は最悪でしたよね。しかし、今日では誰もがこの808の音をドラムの基準(Criterion)の一つとして評価していますね。音の物性はずっと不変だったのに、感性は変容したんです。この“感性”については、機会があれば皆さんと議論したい極めて深遠なテーマですね。

D-50の場合はアコースティックに対する憧れというかな、サンプリング時代の前ですからね、リアリティ、生音への飢餓状態なんですよね。アナログの乾いた音、単調なアタックの音も聞き飽きていた。一世を風靡したDX7の金属的な音も一巡していました。工夫されたとはいえ、FM音源ではユーザーが簡単には独自の音を作れなかった。

そのような時代に、D-50はリアルではないが自然音の新鮮な匂いと空間性を備えたアイデアル(理想的)な音だったのかも知れませんね。

これはTR-808や909、TB-303とは違って、誰の感性の琴線にも触れるユニバーサルなサウンドだったのです。それはなぜかというと、重要なアタック部の自然の音素片から発音が開始するからです。人の感性は、慣れ親しんでいる自然音の周辺に新しい音がある、と冨田勲さんもおっしゃってました。その次にやってくるサンプリングによるリアルとは違う、アイデアルな音ですね。

もし当時、サンプリング音を全時間記録できるメモリーあれば、あのファンタジア、カリオペ、ピッツァゴーゴーと命名されたアイコニックなサウンドは生まれなかっただろうね」


D-50からだいぶ遅れてですが、わたしも「ファンタジア」に心を奪われたひとりです。そして、「カリオペ」が実際にある楽器の名前ではなかったということを、今初めて知りました!!

時代ということもあったんですね。

「アコースティックピアノもピアノ線やフレームの強度、ハンマーの柔軟性などの“物理”的な限界や制限があったので、技術者が試行錯誤と妥協を重ねて改良をしてきたわけです。それでも残った雑音がピアノのリアリティの一つの要素になったことに、彼ら技術者達はどう思うでしょう。僕は技術者の一人として、ある感慨があります。

既存技術の組み合わせと、音を作ってくれた天才たちと、改良と工夫を重ねてくれたエンジニアたち、それと半導体技術の進歩とね、タイミングがちょっとでもズレてたらこれは世に出てないからね。

大いなるハッピー・アクシデントだったんですよ」

つい先日も、別の取材で会ったエンジニアに「楽器を演奏しない人でも開発とかアイデア出しってできるんですか?」と聞いたところ、「できますよ」と即答されました。そのときは「ほんとかなぁ〜?」なんて思っていたんですけど、菊本さんのお話を伺っていると、すべてが組み合わさった時の相乗効果はすごいんだな、と思いました。

人の相乗効果に時代や技術のタイミングが重なって、D-50ができたんですね。すごい話でした・・・。

こちらが、エリック・パーシングさんが作ったD-50の音です。ぜひ聴いてみて!
JRのホームで流れている音の元祖もエリックさんが作ったD-50のファンタジアなんですね。

https://youtu.be/VggsB5eZ0oM?si=X9u5bpEJgjbx2gT0

こちらはエイドリアン・スコットさんの演奏するD-50の動画です。ボトルフルートの音の元はエイドリアンさんちに転がっていたワインの瓶だそうです(笑)

https://youtu.be/CK1TFMmgfgg?si=N0RzHrysY498eIDI

目黒のさんま理論はこちら
「Mr. PCM」と呼ばれたエンジニア >>

  

2025年8月、808dayに始まった、この菊本さんインタビューシリーズですが、貴重過ぎる歴史的証言はまだまだ続きます。少し間が空くかもしれませんが、どうぞお楽しみにお待ちください。

(2026.01.08配信号)

ライター

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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