あれはボコーダーじゃなかった!

配信日 2022・07・14

おはようございます。
坪井佳織です。

ある日のことでした。
コーラスやボーカル、多重録音などのYouTube動画が大好きなわたしは、次から次へと見あさっていました。

すると・・・、もう、完璧な宴会芸の「ひとりクイーン」という動画を見つけたのです。

セロテープでちょび髭を貼ったおじさまが、ランニングとステテコに裸足で、ボコーダーを使って「イズディサリアラ〜イ♪」と、見事な「ボヘミアン・ラプソディ」をひとりで歌い上げるというものでした。

途中のオペラ風コーラスの部分は、身内が撮ったっぽい雑な映像に、残像エフェクトで演出。

爆笑の渦の中、おじさまは最後まで完璧に歌い上げ、脳内でドラが鳴り響く・・・。

それにしても、綺麗なボコーダーだなー。
子音も母音もはっきり聞こえるし、何より音がいい。

わたしは昔からバンドのアレンジにボコーダーで何か乗せるのがすごく好きなので、何度も使ったことがありますが、こんなに綺麗なコーラスになる音作りはできた試しがありません。

・・・とか思いながら、何度も何度も見て、同じところでグツグツ笑ってました。

さて、本日のお題は、「ボーカル・デザイナー」です。

ボーカル・デザイナーとは、ボコーダーをより音楽的に、本当に人間のコーラスに聞こえるようにした、ローランド独自の技術です。

技術開発をされた中山 直さんと、この技術を搭載した「VP-550」の開発リーダー、妹尾 達也さんにお話をうかがいました。

ボコーダーの歴史はとても古く、1939年に音声通信の圧縮技術として発表されたのが最初です。これは、第二次世界大戦のスクランブル通信に利用されました。最初は軍事用だったんですね。

1979年にローランドがボコーダー「VP-330」を発売し、YMOの「テクノポリス」の「トキオ〜」などに使われましたね。

2000年ころ、「TR-808の父」として有名な菊本忠男さん(当時:技術研究所所長)が「マッシブ・コーラス」というコンセプトを発案したことがきっかけで、ボーカル・デザイナーの研究が始まりました。マッシブとは「重厚な」という意味ですが、それを聞いた中山さんは「マッチョな人々によるコーラス」だと勘違いしたそうですw

中山さんは長年音響技術を担当しており、さまざまな方法が試される中、中山さんによる信号処理方法が採用されました。

実験プログラムの名前は、フォルマントがうねうねしている様子から、「凹蛇」と名付けられました。

分かります?
「おうじゃ」じゃないですよ、「ぼこだ」と読みますw
案外、日本最先端の技術にはこんな名前が付けられてますww

詳しいことは書けないのですが、発音や歌声を明瞭にするために、アナログからデジタルへの変換に新しく3種類の方法が考案されました。

その3種には、こんな名前が付けられました。

1. ロケットパンチ
2. ブレストファイヤー
3. ルストハリケーン


3つまとめて「マジンガーZ変換」と言います。

実話です。

ちなみに、それぞれの特徴は名前にまったく関係がありません。「1、2、3」「A、B、C」だと味気ないという理由だけだそうです。会議ではさぞかし真面目に「ロケットパンチの精度をもっと上げなくては」などと議論されていたことでしょう。

さらに研究は進みましたが、他の研究員たちはみんな別機種の開発に忙しくなり、気が付いたらチームに中山さん一人となっていました。

「凹蛇(ぼこだ)」の改良版は、「北”鋼蛇(ぼっこうだ)」と名付けられました。(おひとりなので、やりたい放題)

「北欧系ヘビメタバンドのキーボーディストに使ってもらいたいな〜」という、超個人的な願望が由来です。つまり、蛇(ヘビ)鋼(メタル)ってことですw

この開発では、「人間の歌声(しかも合唱)」という複雑極まりない音を相手に、何度も何度も何度も調整を重ね、技術を改良し、最後は「耳合わせ」によって仕上げていったそうです。


男女混声合唱用のデータを作ったときは、製品実装担当者に「混声のデータだよー」ということがわかりやすいかと思い、「嬲(なぶる、と読む漢字らしいです。どうぞ、拡大して見てみてください)」という件名でメール添付したところ、怪しいスパムメールと勘違いされ、速攻で削除されたらしいです。当たり前ですw


ボーカル・デザイナーが最初に搭載されたのは、2005年、V-Synth用のVカードとして発売された「VC-2」でした。

翌年の2006年には、ボーカル・デザイナーを搭載したキーボード「VP-550」が発売されました。その製品開発リーダーが妹尾さんでした。

ちなみにこのVP-550、企画段階ではV-Synthに次ぐA-Synthという名前でしたが、最終的にはVP-330の後継のVP-550となりました。

ボツになった企画「A-Synth」

VP-550は、当時、ドリーム・シアターの名古屋公演に試作機を持って行ってジョーダン・ルーデスに見せたところ、なんと、いきなりオープニングで使われたそうです!

2006年1月11日、愛知県芸術劇場に行った方はいらっしゃいませんか?!

まだ未発売、未発表のシンセを目にしていたはずです!!


現在、ボーカル・デザイナーは、シンセサイザーJUNO-X、JUPITER-X/Xm用のモデル・エキスパンジョン(拡張音源)としてRoland Cloudから提供されています。


Vocal Designer Model Expansion >>

ワタクシ、マジでJUPITER-Xmを買ってしまいました・・・。

ずっと欲しいとは思っていたのですが、ボーカル・デザイナーが決め手となりました・・・。

(長年、このメルマガを読んでくださっているみなさま、言いたいことは分かってます、その通りです、買い過ぎです。ミイラ取りがミイラです)

まずは、机の上でサササッと音楽制作するために。

そしてもうひとつ・・・。

わたしは洋楽などのポップスをガッツリ、コーラスで歌わせる(いわゆる合唱じゃなくて)のが好きなのですが、そのアレンジにボーカル・デザイナーを使うためです。

ピアノの音で弾いたのと歌とでは、混ざり方が全然違って、ピアノで弾くと濁ってるのに、歌だとすごくきれいってことがあるんです!それを、歌詞入りで試せるなんて、最高です。

・・・それでですね、わたし、このたび、長年の謎が解けました。

ボコーダー大好き、声の多重録音大好きなわたしが、「このボコーダー、なんてきれいなんだろう!わたしがやるとこんなに歌詞がきれいに聞こえない。音もこんなにきれいにならない。どうやってるんだろう??」と思っていたものが、すべて、すーべーてー、 ボーカル・デザイナーだった!!!ローランドの技術だった!!!!!ということが判明したのです!!!

し、知らなかった・・・。
本当に知らなかった・・・。

わたしの知識は、ハーモナイザーあたりで止まっていました。

ボーカル・デザイナー使用の動画をいくつかご紹介します。ぜひぜひ、見てください。

ローランド製品のデモプレーヤーとしても有名な音楽プロデューサー西脇辰弥さんのボーカル・デザイナー(V-Synth GT)によるボヘミアンラプソディ、Queenのハモリを熟知されている氏ならではの素晴らしい演奏です。

https://youtu.be/4H02ft8l6iA >>

西脇さんからこのメルマガのために(!)コメントをいただきました。

どの国でも大変好評だったV-Synth GTのデモンストレーション。この動画は、南アフリカデモツアー帰国後、自分主催のライブで、各地でのエピソードを紹介しながら、そのパフォーマンスの一部を披露しているところです。
V-Synth GTもボーカル・デザイナーも今でも現役で使い倒しています!

ありがとうございます(涙)。掲載させていただけるだけでもありがたいのに、コメントと裏話まで!!「南アフリカデモツアー」というパワーワードが気になりすぎます。


オルガニスト/ゴスペルシンガー、ドン・ルイスさんによるVP-550デモ演奏、地声とボーカル・デザイナーとの掛け合いがすごいです。

https://youtu.be/RBG8T2f3uBE >>

そして、なんとなんと、この記事の最初に紹介したおじさま改め、セイドーさんがお使いだったのもVP-550だったんです〜。ほんとに知らずにずっと見てました。

このたび、「動画をご紹介して良いですか?」と連絡を取らせていただいたところ、なんと、この「ローランドの楽屋にて」の読者さまだったことが判明!ご快諾いただきました。

こちらが「ひとりクイーン」です。ぜひ、最後まで見てください。幸せになれます。

https://youtu.be/q8ZZ9sl6lPc >>

こちらの動画は、奄美大島の「余興で一番おもろい奴は誰だ!Y-1グランプリ」という、サイコーなイベントで3位を受賞したときのものだそうです。

これで3位とは・・・。
1位と2位も見たい・・・。

そして、音楽好きにとっては、これぞ余興!
師匠と呼ばせていただきます!!

セイドーさんからとっても嬉しいコメントもいただきました。

以前、YouTubeを見ていたら、「ボヘミアン・ラプソディー」のイントロだけをボコーダーでやっている人がいて、「これすごい!やってみたい!」と思い、その機材を調べたらRoland VP-550だと知り購入しました。

それから練習してバンドで演奏したらあまりにもウケが良くて、「余興大会にぜひ出てほしい」と言われ、調子に乗って大会に出た時の動画です。自分でも「よーやるわ」と思うほど体力気力使い切りました。自分では恥ずかしくて動画はほぼ見ません。もっとピアノと歌が上手ければと思っています。

VP-550は、声のダイナミクスの反応が素晴らしく遊んでいて飽きません。シンプルでレトロチックなデザインもお気に入りです。

メルマガも初期の頃から愛読していて、坪井さんのユーモアのある文章の運びと、購買意欲をそそられる商品紹介、研究熱心な社員や明るく自由な雰囲気の会社の紹介など、毎回楽しみにしています。今回、私の演奏動画を坪井さんが発見してくださったと聞き、坪井さんファンとしては嬉しい限りです。

セイドーさん、ありがとうございました。
わたしの執念のリサーチで、セイドーさんまで繋いでくださった、Y-1グランプリ創始者のフォトグラファー、安田 祐樹さん、ありがとうございました!

これからも全力でゆるい楽屋ばなしをお届けしてまいります!

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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