夢みたいな本当の話

配信日 2021・10・21

おはようございます。
坪井佳織です。

あるローランド社員の話をします。
名前は白土 健生さんと言います。先週発表した(編集部注:配信当時)サンプラーSP-404MKIIを開発したエンジニアです。

DJ白土ものがたり
序章〜モテたくて、夏〜

ぼくはDJ白土。
高校生の頃、「女の子にモテたい」と、DJを始めた。

(編集部注:写真は大学時代のものです)

生まれ育った茨城では、レコードバッグをゴロゴロ引いたDJは目立つ。ヤンチャな方々に目をつけられないように、自転車のハンドルをハーレーダビッドソンみたいに高くしたり、学ランの内側を紫にしたりして、なんとか溶け込みながら通っていた。

ぼくは、高校の頃からローランドが好きで、特に、サンプラーのSP-303、SP-404、SP-404SXすべてを入手するほど、SPのファンだった。好きだったアーティストは、Matthew "Recloose" Chicoine、Flying Lotus、DIBIA$Eなど。

初めて買ったDJミキサーは、Vestax製だった。その後、社会人になって、DENON製のを購入した。

DJにはどんどんのめり込んでいったが、一向にモテる気配はなく、ぼくの高校時代は静かに終わった。

第一章〜吉田先輩はフリーター?〜

大学生になったぼくは、DJ・VJサークルに入った。

このサークルは、吉田先輩が作ったものだ。吉田先輩はなんか知らんけどいつもサークルに顔を出している謎の人で、クラブやイベントに連れて行ってくれた。

当時、ぼくは吉田先輩のことを、とっくに卒業したフリーターなんだと思ってたんだけど、今回、このメルマガ取材を通して、実は大学5年生だったということが判明した。というか、当時のサークル生たちはみんな、謎のフリーターだと思ってました、すみません。

吉田先輩が、あるときサークルのボックスに来て、

「俺さー、就職することになったわ、ローランド」

と衝撃発言をし、ぼくたちは全員どよめいた。こんなフリーターみたいな謎の人がローランドに入社できるとは・・・。

全員がコネだと思ってたら、吉田先輩が作ったVJソフトを面接官が知っていて、正規ルートでの入社だったらしい。

そんな頃、非モテ生活の中で、唯一、「あの、DJ初めて見て・・・、かっこよかったです」って言ってくれた女の子がいた。DJやっててよかった・・・。ようやく春が来た。

第二章〜息子が泳いで泣いた〜

大学を卒業したぼくは、ある電気メーカーに就職した。
しばらくして、ぼくのことを唯一「かっこいい」と言ってくれた例の子と結婚した。

子どもも生まれて順調に暮らしつつ、卒業してからも吉田先輩とはしょっちゅう飲んでいて、大学時代と同じく、いつも楽しそうにしてんな、と思っていた。仕事は仕事、趣味は趣味って思って就職したんだけど、好きなことを仕事にするのもいいのかもな。

そんなとき、吉田先輩からローランドがエンジニアを募集しているという情報を得て、採用面接でこれまでのローランド愛を熱く語り、転職することになった。

考えてみたら、吉田先輩がいなかったら、ぼくは結婚もしていないし、ローランドにも入っていない。すごい人だ。

浜松に来てみたら、すごく子育てしやすい街だった。ただ、徒歩通学にも関わらずヘルメットを被り、5年生になったら「30分間回泳」という謎の行事があることにビビった。

30分間回泳とは、元々は防災訓練のためにできたんだけど、足のつかないプールで30分間泳ぎ続け、立ったら不合格という地獄のような行事だ。浜松市の小学生は全員参加しなくてはいけない。

不合格だから何ってことはないんだけど、子どもと親のプレッシャーはすごくて、転入した息子は毎日、お腹が痛いと言って嫌がった。でも、合格して賞状をもらってきたときは、初めて立ったときと同じくらい感動して、泣いてしまった・・・。

第三章〜もしかして、俺、死ぬんじゃないか〜

ローランドに入社して、最初に楽しみだったのは、憧れのSP-404を開発した人に会えることだった。DJ界に熱烈なファンのコミュニティを作り、数々の名プレイを生み出した機種を作ったのは、一体どんなレジェンドなんだろう。

「あ、どうも、わたしが山田です」

・・・ロン毛のおっさんかよ!
どんなBボーイかと思ったら、ゴリゴリのエンジニアだった。

けど、目の前に本当に作った人がいて、開発の話を聞けるのは、夢みたいな毎日だった。当時の話を聞くと、「忘れた」って言いながら、すげーちゃんと覚えてて、いろんなことを教えてもらった。
SP-404、SP-404SXの開発秘話はこちら>>

そんなとき、なんと、ぼくがSP-404の新製品開発を担当することになった。

それだけでも鼻血が出るほどすごいことなのに、なんと新製品(SP-404MKII)の外観をデザインしてくれるのは、高校生のときに初めて買ったVestaxのDJミキサーのデザイナー、平林さん(元ローランド社員)と、初任給で買ったDENONのDJミキサーのデザイナー、木村さん(現在ローランド社員)だった。

奇跡はまだ続いた。

昔から大好きだった、SP-404の代名詞的アーティスト、Flying LotusやDIBIA$Eに試作品をレビューしてもらえることになった。正直言って、何を言われたのかよく覚えていないほど、舞い上がった。DIBIA$Eに至っては、製品紹介ムービーに出演してもらえることになった。

SP-404MKII 製品紹介ムービー >>

それから。

なんと、大学の頃から大ファンで、レコードも全部持っているMatthew "Recloose" Chicoineが、アメリカでローランド社員になっていて、SPのマーケティングを担当してくれることになった。もちろん、全部のレコードにサインしてもらった。

ぼくの人生を形作ったレジェンドたちと仕事ができるなんて、もうじき死ぬんじゃないかと思った。

奥さんに「もしかして、俺、死ぬんじゃないか・・・」って言ったら、「ほんとだね、すごすぎる。保険かけといてよかったわ」と笑ってた。いい奥さんだ。

これが、ぼくの夢みたいな本当の話だ。

先週、こうしてできたSP-404MKIIが発売発表され、世界にデビューした。かつてのぼくみたいに、モテたくてDJになったキッズの手にも渡るんだろうか。

その中に、数十年後にローランドのエンジニアになるやつがいて、ぼくのことを見て、「なんだよ、ヒゲのおっさんかよ!」って思いながら開発秘話を聞いてくるかもしれない。ぼくはニヤリと笑って、「忘れた」と答えてやろう。

当記事はメルマガ「ローランドの楽屋にて」のバックナンバーです。
本文中の製品情報や社員の役職等は配信当時のもので、現在とは異なる場合があります。

これからも全力でゆるい楽屋ばなしをお届けしてまいります!

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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