ハイハットには手を出すな!

配信日 2021・06・03

おはようございます。
坪井佳織です。

前回、「さらに旨い酒が飲める製品」VAD706のこだわりと、機密すぎてピー入りまくりの音源、TD-50Xについてご紹介しました。
(編集部注:VAD706については、2021年5月20日発行の「ぼくは壊れる楽器を作らない!」で特集しました。こちらのバックナンバー化は今しばらくお待ちください)

音を聴いて、「えっと・・・、普通にドラム」という感想を持ってしまったわたしに対して、音源チームは「よっしゃ!」とガッツポーズをしました。

みなさん、よく考えてみてください。

ドラムは何故ドラムの音がするのか?
それは、革や胴体が、演奏方法によって、物理的に鳴っているからですよね。

一方、電子ドラムは物理的には「ペケポコチタトテ」という、材質の音がします。楽器じゃないです。ドラムの音が鳴るのは「音源」が成せる技です。

ところが、音源にものっすごく良い音が入ってても、「叩く」という演奏方法に対して違和感があると、全然「普通にドラム」という感じがしません。

そっと触れただけなのに、お腹に響く「ダンっ!」というパワフルなサウンドがしたら、変でしょ?

・・・あれ?
じゃあ、なんでVドラムはプレイヤーが叩いたように自然に鳴るんでしょう?!

それは・・・、スネアやシンバルなどのパッドに精密なセンサーが入っていて、モデリング音源と「すり合わせ」がされているからです。





つまり、あらゆる角度からドラムの奏法を分析し、何をどうやって検出すればいいか常に考え、モデリング音源と調整を繰り返す・・・、気の遠くなるような技術が搭載されているのです。単にサンプリングした音を鳴らしているだけではなく、ドラムの音の鳴るメカニズムを再現、つまりモデリングしているわけです。

まるで、「風の谷のナ○シカ」の王蟲がスムーズにニョゴニョゴ動くために、5万6078枚のセル画で描かれているような。

そして、この技術のすごいところは、「あたかも物理的に鳴っているかのように感じる」=センサーの存在に気づかないところです。

ここには主にふたつの秘密があります。

ひとつは、叩いてから音が鳴るまでの速度が世界最速であること。センサーが検知してから発音するまでにタイムラグを感じないから、実際に鳴っているみたいなのです。

もうひとつは、叩く位置や演奏方法で音質が変わるということ。実はこれ、世界中の電子ドラムの中でVドラムだけの特徴です!

特にそれを実感できるのは、デジタルパッドです。

スネアドラムの表現力を聴いてください。
ぜひ、ヘッドホンで!

https://www.youtube.com/watch?v=E7-NecygPmI&t=399s

(ヘッドホンで字幕をオンにしてご覧ください)


「普通にドラム」なのが、いかに当たり前じゃなく、すごいことかお分かりいただけたでしょうか。

今回、Vドラムの中でもいちばん複雑で、部品点数の多いハイハットがデジタル化されました。

何しろ、ハイハットのためだけにチームが組まれ、2年を費やして開発されたのです。こちらがチーム・ハイハットのみなさん。

左からサウンド担当の田沼 萌美さん、 ハード担当の高石 光輝さん、製品リーダーの高﨑 量さん、デザイン担当の須藤 哲さん、機構担当の森田 豊さん



このVH-14Dは、ローランドのVドラム技術やノウハウの総決算と言ってもいい製品だそうです。中でも、機構担当の森田さんに至っては、「12年間のエンジニア生活の総決算」でもあるそうです。

「自分のエンジニア人生のピークです」

いやいや、ピークじゃダメです。
このあと、下がるじゃないですか!

どんなに贅沢に作られているかを代表しているのが、このクラッチという部品。


このネジ部品のデザインもいくつも作り、人気投票したらしいですw
人類の99.99%はネジクラッチ部品に一票を投じる経験なく命を終えることでしょう。

ところで、TD-50が発売されたとき、ネットがざわついたことがあります。
この謎のUSB端子についてです。

3つの端子のうち、2つはTD-50発売と同時にデビューしたスネアとライドが接続されます。残り1つについて、ネットでは「ハイハットが来るんじゃね?」と予測されていました。

ついに、みなさんの予測が現実となる日がやってまいりました。


ハイハットの音源を担当したのは、なんと、当時入社2年目だった田沼 萌美さんです。

音源開発の部署に配属されたとき、「師匠」と呼ぶ先輩に、一から音の作り方を習ったそうなのですが、そのときに、こんなことを言われました。

「よいか、若者よ。
ハイハットだけには決して手を出すでないぞ」


ハイハットは2枚のシンバルのありとあらゆる組み合わせの音を再現するために、めちゃくちゃ膨大で複雑な作業をしないといけないからハンパな気持ちで手を出すとエラい目に遭うぞ、という意味らしいです。

なのに、2年目で「ハイハット、やってみる?」と言われたとき、「やります」と答えたのは、

「若者は手を出すな、と言われているハイハットを入社2年目の自分がやれば、自分だけの武器になる!」

と思ったからだそうです。

タータ、ターターターター、タッター♪

脳内で日本を代表するあのRPGのテーマが鳴り始めました。

こうして、よしゃあいいのに、田沼さんは果てしないハイハットの冒険へ出かけてしまいましたとさ。

元々、ドラマーではない田沼さんでしたが、ハットのみ、検証のためにヘッドホンをつけて叩き続けた結果、周りの先輩たちから「だんだん上手くなってきた・・・」と言われたそうですw そのうち、ハットだけでライブに出たりして。

ドラマーじゃない田沼さんが道に迷わずにいられたのは、製品リーダーの高﨑さんが常に理想のハイハット像を具体的に思い描いており、

「あれを目指せ!」

と明示してくれたからだそうです。

ですが、自分なりに完成させてレビューしてもらったとき、Vドラムの神と呼ばれる超ベテランの先輩社員からはコテンパンにダメ出しされました。

そのときには、「このパラメーターをこうして。こことここを揃えて」など、具体的な指示をもらい、言う通りにしたら、「おぉ〜!!確かに!!」というサウンドが完成しました。

コテンパンにダメ出しした神も、最後には「もうお前に教えることはない・・・。若者よ、よくやった」と認めてくれたらしいです。

やっぱりあの国民的ゲームじゃんかw

というわけで、森田さんのエンジニア人生のピークであり、田沼さんの冒険のラスボスであったVH-14Dのサウンドをヘッドホンでお聴きください。

https://www.youtube.com/watch?v=E7-NecygPmI&t=555s

(ヘッドホンで字幕をオンにしてご覧ください)

いかがでしたか?
壮大なVドラム新製品の開発秘話。

みなさんがおっしゃることの中に、

「電子ドラムにおける先輩たちの功績と、ローランド・クオリティを引き継ぐ」

「お客様の喜びや、より良い製品になるための努力ならできる」


ということが何度も出てきたのが印象的でした。

「誇り」ってこういうことなんだろうな、と思いました。

これからも全力でゆるい楽屋ばなしをお届けしてまいります!

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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