「Mr. PCM」と呼ばれたエンジニア

配信日 2020・9・17

おはようございます。

坪井佳織です。

前回のあらすじ

ローランド初のフル・デジタル・シンセサイザー、D-50の伝説的な音色(パッチ)「Digital Native Dance」はどうやって生まれたのか?当時の音屋さん(サウンド・エンジニア)石崎さんに話を伺いました。
石崎さんは社会人になりたてのころ、趣味でプログラミングしてSYSTEM-100mを自動演奏させていました。MIDIがまだ無かった時代に、装置同士が通信する時代が来ると予想した石崎さんは、ローランドに中途で入社しました。

当時、MIDI規格の立ち上げをしていたローランドに「おっまえ、分かっとるやないか!!」と期待されて入社した石崎さんでしたが、2〜3年は好きなことをやってプラプラしていたそうです。プラプラって・・・。

無意味に光るジグ(生産に必要な道具)を作ったり、興味あることを試したり。

遊びすぎて、自作ツール画面内でバウンシング・ボールを表示させてたら、「これはどんな意味があるのか?」と聞かれたらしいです(笑)。「やばっ!怒られる!!」と思ったけど、その後、某製品のイースターエッグ(隠し機能)に採用されたそうです。

遊びって大事なんですね〜。

ひとしきり遊んだところで、D-50の音屋さん(サウンド・エンジニア)に抜擢されました。

当時の音屋さんの仕事について、編集部の山本氏に解説してもらいましょう。

***

音屋さんの仕事は、製品のパッチ(音色)を作成・編集・調整したり、パッチで使う音素片(サンプリング・データ)を編集したりします。音屋さんは社内独自のツール(編集ソフト)を使って作業するのですが、石崎さんによると当時はサンプリング黎明期だったので、そのツール自体も作成中という状態だったそうです。

当時、プログラマーの開発環境のハードディスク容量は10〜20MB、サンプルを扱う音屋さんでも20〜40MBという時代でした(ギガじゃないですよw)。PCを起動するときにツールを流し込むRAMディスクの容量も2MB。つまり、数メガのサンプリング・データをそのまま市販の製品に載せるというのは、当時はとてつもなく非現実的だったのです。

ちなみに、開発にはNECのPC-98シリーズが使われていました。


(PC-98シリーズ:ミュージくんのカタログより)

D-50(LA音源)の音素片の再生方式は「ワンショット」と「ループ」の2つでした。
下の図のように、サンマの頭の部分(アタック)を「ワンショット」で鳴らし、ウロコを「ループ」で繰り返し鳴らすことで、サンマ全体をサンプリングするより遥かに少ないメモリーで再現する作戦です。
それに、音づくりの自由度もぐっと高くなります。


(余談ですが、このサンマの概念はTR-808を開発したレジェンド技術者で当時技術研究所 所長の菊本さんが「すべての音色のアイデンティティーの9割はアタックから最初の数十ミリ秒で決まるんや!」と実際にサンマを例に社内に打ち出していたものです。これについて詳しくは後日配信いたします。)

そんな中、石崎さんは「このループを再生したときに『ピッチ感』があったほうが良いものと無いほうが良いものがある!」と気付きました。そこで、ツールを自作。ピッチ感を抜くと元の音と全然違う雰囲気になり、パッチとの相性もバッチリになったそうです。

また、サンプリング・データの容量もとても限られていました。アタックの音素片があまり具体的な音だと汎用性が無くなるので、リアルなんだけど抽象的な音にしないといけないことに苦労したそうです。つまり、アタックの音素片が「サンマ」過ぎるとサンマしか作れませんが、「なんか青魚っぽい」音素片なら、サンマも、イワシも、サバも、カツオも作れちゃうというのがD-50の凄いところなんですw

これって、めちゃくちゃセンスが問われる仕事だと思います!

「こうした一つ一つのこだわりに対してツールを自作して、きめ細かく対応できたことがD-50の製品自体の魅力につながったのかもね」と、石崎さんは振り返ります。

当時社内には、「サンプリングは邪道!音を合成してこそシンセサイザー!」という考えがあったそうです。石崎さんの当時のスタンスも、生楽器を忠実に再現することも大切だけど、むしろ「独創的な楽器を作りたい!」という意識のほうが大きかったそうです(これは、いまだに変わってないとか)。

そのためでしょうか、D-50のサウンドって写真のようなサンプラー的リアリティーよりも、印象派の絵画のような美しさがあります。石崎さんの話を伺って改めて、D-50は「音を合成するシンセサイザー」(独創的な楽器)として開発されたんだと思いました。

***

ここまで、編集部山本氏の解説でした。
サンマ理論、おもしろーい!

さて、話を音色「Digital Native Dance」の開発秘話に戻しましょう。

当時、処理する前の、サンプリングされた音素片には、ヘンなものがいっぱいありました。何かを床に落とした音とか。

その中でも、エスニック系の音のクオリティー、自然界の音の存在感に惹かれた石崎さんは、

「これ・・・、並べて鳴らしたらどうなるんやろ?」

とムクムク興味が湧き、得意の自作ステップ・シーケンサーもどきで、自分がかっこいいと思うリズムを作って遊んでいました(本当にインタビューで「遊んでた」とおっしゃってましたw)。

ルンバとかマンボとか、特定のリズムをプログラムするのではなく、デジタルなので、自由にあり得ない演奏をさせることができますから、なんだか不思議なリズムができあがりました。

ちょうどそのとき、サウンド・デザイナーのエリック・パーシングが隣の部屋にいたので、

「面白いものができたから見て!」と呼んで聴いてもらったところ、

「Amazing(マジか)!!」とか「You are genius(おまえ、天才ちゃうか)!!」など、興奮して興味を示してくれ、そこから一緒に調整し、プリセット音色として本体に搭載されることになりました。エリックは、音に関しての集中力が半端なくて、休まずに一緒に作業するのはかなり大変だったそうです。

そうして出来上がったのが、D-50の有名なプリセット21番の「Digital Native Dance」です!!

こちらが、エリック・パーシング本人による音色解説動画です。このエピソードを踏まえ、ぜひ、ご覧ください。

https://youtu.be/VggsB5eZ0oM?t=91

(字幕をオンにしてご覧ください)

「Digital Native Dance」を使った曲のソング・リストです。マイケル・ジャクソンから聖子ちゃんまで、こうして聴くと、あれも!これも!!ですね。

「Digital Native Dance」を使った曲をSpotifyで聴く >>

特に、マイケル・ジャクソンのアルバム「BAD」には、エリック・パーシングがシンセ・プログラマーとして参加し、クレジットに名前が掲載されています。「マイケルの仕事は楽しかったけど、すごく大変だった!」と、エリック自身が石崎さんにおっしゃっていたそうです。

エリックは石崎さんとの出会いをとても喜んでいて、「Mr. PCM」というあだ名をつけて呼んでいたそうです。「リアルな音よりも、誰も聴いたこと無いような独創的なサウンドを!」という考え方が共通していたのかもしれません。

「世界中のトップアーティストが、自分が関わった楽器を使ってくれているのは、エンジニアとしては最高の喜びでしたね。

他にも、当時のNHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組を見てると、しょっちゅう、Digital Native Danceが使われていて、なんか嬉しかったですね」

言われてみれば、低い音でごぉ〜〜〜んと鳴らすと、ドキュメンタリーぽいです!!

石崎さんはその後、大ヒットしたワークステーションのXP-80やグルーブボックスのMC-505、バリフレーズを初搭載したVP-9000など多くの製品の開発リーダーを務められました。

ローランドを退職されたのち、エンジニアの人材育成の職に就くにあたり、ご自身のローランドでの経験から、どんなことが大切か考えられたそうです。

「エンジニアっていうのはね、アーティストだと思うんですよ。何もないところから創造する、という点が。

それを実現するために必要なのは、テクニカル・スキル、ヒューマン・スキル、そしてコンセプチュアル・スキルだというところに行き着いたんです。つまり、概念を捉え、俯瞰して考えられる能力です。

今振り返ると、情熱と興味を持ってとことん追求する。大事なのはそこかなと思いますね」

最後に、石崎さんの幼少期について聞いたところ、

「そろばん教室に行けばローラースケートだといって滑る、習字教室に行けばお歯黒って帰ってくる、外遊びが大好きなヤンチャ坊主でしたね。

うちの押し入れには、謝罪用の菓子折ストックがいっぱいありました(笑)。

父がエンジニアで道具が揃っていたので、電子工作は好きでした」

とのことでした!

遊びの中からイノベーションに繋げる情熱は、小さな頃からずっと育まれてきたものなのかもしれません。ある意味、教育に背いているようにも見えるのに、最後は人材育成に到達するところに、奥深さを感じました。

貴重なお話を聞くことができました。
みなさまにもお楽しみいただけたら嬉しいです♪

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当記事はメルマガ「ローランドの楽屋にて」のバックナンバーです。
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これからも全力でゆるい楽屋ばなしをお届けしてまいります!

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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