JUNO-6/60/106開発の思い出

配信日 2019・10・03

現在も世界中で愛され続けるアナログ・シンセ、初代JUNO-6、JUNO-60、そしてJUNO-106。これらのシンセを開発されたのは、故・井土秀樹(いづちひでき)さんです。

2018年、この「ローランドの楽屋にて」に3週に渡ってご登場いただき、貴重なお話をうかがいました。わたしがまだ20代だったころからお変わりなく、誰にでも分け隔てなくニコニコと接し、裏表のまったくない、とっても純粋な方でした。メルマガが発行されて間もなく、急逝されました。

この号は2018年の3週分を2019年にダイジェストにしたものです。
2022年4月発表の新製品JUNO-Xをきっかけに、井土さんが残したオリジナルJUNOの開発ストーリーを皆さんに知っていただきたく、バックナンバーを掲載します。

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おはようございます。
坪井佳織です。

まず、今からン十年前、この1枚の写真に遡りたいと思います。

井土少年は5才の頃から測定器を適当に繋いで遊んでいました。

電気工作や無線に興味を持ったまま中学生になった頃、ビートルズ、ベンチャーズなどのエレキ・ブームが到来します。

「かっこいいなー、ギターでも弾こうかなー」と思っていた井土少年は、同じくギターに魅せられた同級生たちから、こんなことを頼まれました。

「おい井土、アンプ作ってくれないか?」

ここで、モテモテギタリストへの道を断たれた井土少年でしたが、「そりゃー喜んで作るよね、好きなことだからさ」とエンジニア魂に火が付きます。

大学に入学してまもない頃、自作したFMラジオで初めて冨田勲氏の音楽を聴いた井土少年は、「大好きな電子工作でこんな音楽が作れるなら、これを一生の仕事にしよう!」と決意しました。

当時、1千万円とも言われていたシンセサイザーですが、井土少年はそれまでの電気知識から「こりゃあ10万円くらいで作れるな」って思ったそうなんです。

そうして初の自作シンセを作ります。

井土さんは冨田勲先生にこのシンセを見せ、なんとサインをいただくことに成功します!!

「こういうときの井土さんって、本当にフットワークが軽いですよね。断られたらどうしよう、鼻で笑われたらどうしよう、恥ずかしい思いをしたらどうしようって思わなかったんですか?」

「なんでもそうだけど、(冨田先生のように)本当に一流の人って、その道のことで訪ねてくる人にはものすごく親切なんだよ」

ジーン(´・ω・`*)  はい、もう本当に、おっしゃる通りです。
人間、鈍感がラッキーを呼び寄せるってことがあると思います。

「入社したての頃(約40年前)、3LDKのアパートを会社で借りてもらって、社員3人で住んでたんだよ。
いやぁ、一緒に住んでた1人が、ものすごいオタクでさー!」

入社以来、「学生にも手の届く、10万円代のポリフォニック・シンセ(同時に複数の音が出せるシンセ)を作りたい」というのが井土さんの夢で、あちこちでそのことを言って回っていたそうなんです。

すると、超ド級オタクのルームメイトの今井さんが、ボソッとこう言いました。

「MC-8(※世界初のマイコン内蔵シーケンサー、お値段120万円)で
使ってるインテルの8253っていうチップ。
カウンターが入ってるから、数を数えられるよね。
カウンターで数えて波形を作れば、オシレーターになるんじゃね?」

早速、自腹を切って通販で8253チップを入手した井土さんは、当時の開発リーダー、冨岡さん(のちのローランドDG社長)に「これをいくつか使うと安価なポリフォニック・シンセが作れる!作りましょう!!」と掛け合いました。

1982年、ついに井土さんの夢であった6音ポリのJUNO-6が誕生します。6音というのは、和音+ベースが弾けるという、絶妙な発音数でした。

実は6音ポリのこのシンセ、開発時は社内で「ポリ6(ろく)」と呼ばれていたそうです。ん? どこかで聞いたような名前・・・そうですKORGさんのあのシンセと名前が同じだったのですΣ(゚ロ゚;)

楽器フェアに出展したところ、KORGさんがPolysixを出展されていて、急きょ名前を「JUNO-6」に付け直したそうです。

JUNO(ジュノー)の由来は、JUPITER-8(ジュピター)の奥さんの名前から来ているそうで、その後のローランドの低価格ポリ・シンセのシリーズとして、現在まで脈々と続きます。まさか、最初のきっかけが名前被りだったとは(汗)

そうして出したものの、JUNO-6にはなんと音色保存機能がありませんでした。「音色・・・、やっぱ保存したいよね」ってことで、まるでジオン公国並みの開発スピードで音色メモリー回路が追加され、半年後にはJUNO-60が発表されました。JUNO-60は大ヒットして、プロ、アマチュアを問わず多くのミュージシャンに使われました。

JUNO-60が使われた80年代の有名曲としては、ハワード・ジョーンズさんのNew Song(オルガンが「Preset 15 Organ 2」)。エンヤさんのOrinoco Flow(アルペジオで鳴っているのが「Preset 35 Pizzicato Sound 1」、ちなみにバッキングは D-50の「Pizz Agogo」ですね)。そして、シンディー・ローパーさんのハイ・スクールはダンステリア(パーカッシブなフレーズが「Preset 71 Percussion Sound 1」)などです。懐かしいですね!

JUNO-60の発売2年後、1984年2月、JUNO-106が発表されます。ついに井土さん念願の10万円台前半のポリフォニック・シンセが実現できました。

JUNO-106の開発中に、ローランド創業者である梯郁太郎氏(当時社長)が106の音を聞き、「もっと太い音を出せないか」とおっしゃったそうです。

うぅむ・・・、考えた結果、編み出した技が「地下を掘ろう!」作戦でした。

JUNO-106には、「HPF(ハイ・パス・フィルター)」というパラメータがあります。この数値を上げていくと、低い音がカットされて高い周波数帯域が強調されます。軽くて細い音になっていきます。普通はこのフィルタは「0」がフラットで、1、2と上げていくごとに効果が増強されます。
実は、JUNO-106では「1」がフラットで「0」は低音がぐいっと持ち上がるフィルタのかかった音になっているんです!(それって、もはやハイ・パス・フィルターじゃない気もするのですが・・・)

また、JUNOシリーズはオシレーター(発振回路)がひとつしかないので、音に厚みを出しにくいんですね。ちょうどバイオリン1丁でメロディーを弾いている感じです。2丁で同じメロディーを弾くと、微妙にピッチが違って厚みのある音が鳴るように、オシレーターが2つあれば厚みが出せるんです。
それで、コーラスというエフェクターをかけることで、ストリングスみたいに何丁ものバイオリンが一度に演奏しているような効果を加えました。

このJUNO-106の特徴的な太い音は、ダフト・パンク、ケミカル・ブラザーズ、アンダー・ワールド、電気グルーヴなど90年代のテクノでたくさん使われることになりました。

たとえばコレ!

ワイプアウトというゲームでもヒットしたケミカル・ブラザーズのChemical Beats
(TB-303のようにも聞こえますが、JUNO-106のベース音を歪ませたサウンドです)

↑当時のJUNO-106開発部屋です。試作の基盤を使って、ソフトウェアをチェックしているところ。

「ボクが若い人に言ってあげられることはさ、“やりたいことはやりたい、嫌なことは嫌って言う”ってことだよね。影で言わないでさ。

ボクは空気が読めないけど、空気を読んでたらイノベーションは生まれない。
やりたいことをやりたいってちゃんと言ってれば、誰かが反応してくれる。昔の人が言った“想えば叶う”っていうのは本当だと思うよ」

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ここまでが2018年に発行したメルマガ3号分のダイジェストです。とってもお元気だったのに、お亡くなりになったのは本当に突然のことで、最後の言葉がますます重要な意味を持って心に響きます。

井土さん、たくさんの思い出とすばらしいシンセを残してくださって、ありがとうございました。

これからも全力でゆるい楽屋ばなしをお届けしてまいります!

ライター・プロフィール

楽屋の人:坪井佳織 (つぼい かおり)

電子ピアノや自動伴奏の開発に携わっていた元ローランド社員。現在、本社近くでリトミックを教えています。元社員ならではの、外でも中でもない、ゆるい視点でメルマガを執筆しています。どうぞよろしくお願いします。

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