Roland Boutique A-01「8bit CPU Synth」製品開発ストーリー

Roland Boutique A-01「8bit CPU Synth」製品開発ストーリー

Roland Boutique A-01のセールスポイントの一つと言える「8bit CPU Synth」の基本設計を手がけたのは、昨年発売されたRoland BoutiqueシリーズJX-03のモチーフになった事でも記憶に新しい、MIDIに対応した最初期の製品JX-3Pの開発に関わった元ローランドの技術者である松井朗(まつい・あきら)氏です。

松井氏は1977年にローランドに入社後、名機SYSTEM-700/SYSTEM-100やギター・シンセサイザー GRシリーズなど、多くの製品の開発に関わってきました。2013年にローランドを退社後は、趣味の電子工作に没頭する中で自宅のスタジオで誕生したのが、A-01に搭載されている「8bit CPU Synth」です。この記事は、松井氏の「8bit CPU Synth」の開発経緯を伺ったインタビューです。

JX-3Pなど数多くの
名機の開発を手がけた技術者

松井さんは、名機JX-3Pの生みの親として知られていますが、最初からシンセサイザーを作りたくてローランドに入社されたのですか?

松井そうですね。ちょうど私が学生時代にシンセサイザーというものが出てきて、何やらオシャレでおもしろそうだなと思ったんです。それで当時の雑誌にシンセサイザーの製作記事が載り始めたので、そういうのを参考に自分でも作り始めたんですよね。やっぱり鍵盤が付いてないとシンセサイザーらしくないと思い、木材を糸鋸で削り出して黒鍵や白鍵も作ったりとか。半オクターブくらい作ったところで挫折しましたけど(笑)。とにかく学生時代は工作少年で、なおかつ“音が出るもの”が好きだったこともあり、ローランドに入社したというわけです。

入社は1977年のことで、最初は大阪の工場でSYSTEM-700やSYSTEM-100の組み立てや検品を行っていました。間もなく回路の設計を任せられるようになって、当時は今のように便利な道具はなかったので、真っさらなプリント基板にマジックで回路を書き、塩化第二鉄でエッチングしてパターンを作ったりしていましたね(笑)。大阪に3年間在籍した後、松本の工場に異動になり、そこではギター・シンセサイザーの開発に携わりました。ギター・シンセサイザーに関しては、GR-700の開発を基礎研究からやりました。

ローランド時代に関わられた製品で、特に思い出深いものというと?

松井やっぱりJX-3Pですかね。MIDIに対応した最初のシンセサイザーということもありますが、私が初めてマイコンをプログラムして開発した製品でもあるんですよ。それまではアナログ回路の設計ばかりだったので、マイコンのプログラムには結構苦労したのを憶えています。でも、開発自体は、新しいことへの挑戦で、とても楽しかったですね。当時は(セールスが)厳しい時代だったんですが、JX-3Pは、松本工場の売上に貢献してくれました。

JX-3Pの次に思い出深い製品というと、VSシリーズです。これ1台あれば部屋がスタジオに早変わりするというのがVSシリーズのコンセプトで、だからレコーダーだけでなくミキサーやエフェクターも内蔵したんですが、ちょうど時代のニーズと合致して爆発的なヒット商品となりました。VSシリーズでは、少ないハードディスク容量でも長時間録音できるようにするために、“R-DAC”と呼ばれる圧縮技術を採用しているんですが、その自然なサウンドも人気を集めた理由なんじゃないかと思っています。当時出始めていたMP3は音の情報をかなり削ってしまうんですが、“R-DAC”は基本的に音情報を削らないため、原音のニュアンスがしっかり残るんですよね。

2013年にローランドを退職された後は、趣味の電子工作に没頭されているそうですね。

松井ローランドに入社して長年、技術者として自由に製品開発をさせてもらって、会社にはとても感謝しています。でも最後の方は管理する立場だったので、“自分の手を動かしてモノ作りをしたい”という想いがずっとあったんですよ。だから退職後は、その想いが一気に爆発して、ハンダゴテを握る毎日です(笑)。勢いでレーザーカッターや3Dプリンターなども揃えてしまい、何か思いついたら直ぐに形にできる環境にもなってきました。

退職後の2年間で、いろいろなものを作りましたよ。例えば空撮用のヘリ…… 流行りのドローンのようなものを作ったり、あとはVUメーターを利用した置き時計とか。それと無性にハンダ付けがしたくなって、ホーム・センターで真鍮の釘を大量に買い込んでそれを半田付けしてリモコンで動く車を作ったりもしましたね。今思うと、(ハンダの)ヤニの匂いを嗅ぎたかっただけなんじゃないかという気もしますけど(笑)。木工や溶接なんかもやっています。

8bit CPUと8KBメモリの限界に挑戦した
シンセサイザー音源「8bit CPU Synth」

そんな自由気ままなモノ作りを楽しんでいた松井さんが、再びシンセサイザーを開発しようと思ったのは?

松井いろいろ工作しながらも、やっぱり音には興味があったんです。だからいつかシンセサイザーもやってみたいなと思っていたんですが、今はARMのCPUなんかが安く手に入る時代じゃないですか。だからデジタルだったら、誰でもそれなりのシンセサイザーが作れてしまいますし、アナログ・シンセサイザーに関しては入社直後に結構自作していたのでわくわく感がなく...。そんなときにふと、“8bit CPUでシンセサイザーを作ってみたらどうだろう?”と思ったんです。8bit CPUと8KBのメモリという限られたリソースの中で、どこまでできるか挑戦してみようと。それが確か2014年初頭のことで、最初にオシレーターを作ってみたんですが、意外とリソースを喰わずにしっかり音階演奏できるものができたんですよ。次にフィルター、アンプ、LFOと、アナログ・シンセサイザーの要素を順番にプログラムしていったら、何とか収まって一通り入れることができたんです。余った領域にはステップ・シーケンサーを入れたりして、そして完成したのが「8bit CPU Synth」なんですよ。

普通のシンセサイザーだったら簡単に作れてしまうので、自分に“8bit CPU”と“8KBメモリ”というハードルを課せて作ってみようという感じですか?

松井そんな感じですね。8bit CPUと8KBメモリの限界に挑戦してみようというか(笑)。そういうハードルがあった方が作り手としてはおもしろかったりするんですよ。

“8bit”というと、チップチューンのゲーム音源をイメージしてしまいますが、「8bit CPU Synth」は減算方式のシンセサイザー回路を8bit CPUで再現した、いわゆるバーチャル・アナログ・タイプのデジタル音源ですね。

松井そうですね。オシレーター、フィルター、エンベロープ・ジェネレーター、アンプ、LFOが1基ずつ備わっていて、オシレーター波形は4種類(鋸波/矩形波/パルス波/ノイズ)、LFO波形も4種類(サイン波/矩形波/鋸波/ランダム)用意されています。フィルターは、ステートバリアブル・タイプの効き具合を再現しています。

一風変わった波形など、デジタル音源ならではの機能を付け加えようとは考えませんでしたか?

松井今回の「8bit CPU Synth」は、古き良きアナログ・シンセサイザーのアルゴリズムを8bit CPUで素直に再現するというのがコンセプトだったので、変わった機能を搭載することは最初から考えませんでした。鋸波だったら、私の中で“理想の鋸波”というのがあるので、それを8bit CPUで再現しようと。エンベロープ・ジェネレーターも同じですよね。アナログ・シンセサイザーの抵抗とコンデンサーで生成したエンベロープを素直に再現しようと思ったんです。一方、デジタルの良さを残してある部分もあって、例えばLFOの周波数はかなり高く設定できるので、それでオシレーターを変調させるとFMっぽいというかデジタル・シンセサイザーらしいサウンドになります。でも、基本はアナログ・シンセサイザーですよ。

デジタル・シンセイザーともアナログ・シンセサイザーとも違う、独特の存在感のあるサウンドが印象的です。

松井バーチャル・アナログ・タイプのシンセサイザーですと、オシレーター波形はサンプルを読み出しているものもあったりするんですが、「8bit CPU Synth」のオシレーターはしっかり発振させています。ノイズに関しても発振ですね。

今回、8bit CPUと8KBのメモリという限られたリソースの中でやってみたわけですが、アナログ・シンセサイザーの機能を再現するのはそんなに大変ではなかったんですよ。しかしそれだけでは出音が貧弱だったので、プログラムのチューニングはかなり時間をかけて行いました。シンセサイザーとして、出音が良くなかったら意味がないですからね。でも、音を良くしようと思って凝ったチューニングをしてしまうと、すぐに8KBというリソースから溢れてしまう。だからチューニングをしつつ、プログラムは何とか8KBというリソースに収めるんです。その結果、最近のシンセサイザーともソフトウェア音源とも違う独特のサウンドになったんじゃないかと思います。

プログラムのチューニングは、出音を聴きながらトライ&エラーを繰り返してという感じですか?

松井そうです。シンセサイザーのチューニングって最後はトライ&エラーで、理論がどうこうという話ではなくなってくるんですよ(笑)。これはアナログ・シンセサイザーも同じですね。とりあえず音を出して、自分の耳でチューニングする。そのトライ&エラーの繰り返しです。

鋸波にこだわって開発したので、
まずはその音を聴いてほしい

開発にあたって苦労した点というと?

松井一番はノイズですかね。「8bit CPU Synth」は、48kHzのサンプリング周波数で動いていて、その周波数の中ですべての演算を行っているわけですけど、ノイズが最もリソースを喰っているんです。長年アナログ・シンセサイザーの開発を手がけてきた人間からすると、普通のノイズではなかなか納得できない(笑)。音作りに使える気持ちいいノイズを追求して、その開発にはかなり時間をかけました。

そして今回、松井さんが趣味で製作していた「8bit CPU Synth」が、ローランドの新製品 A-01に搭載されることになったわけですが、このコラボレーションはどのように実現したのですか?

松井「8bit CPU Synth」の最初の試作機が出来上がって、2014年の『Maker Faire Tokyo』(註:モノ作りを行う個人/企業の祭典)に出展してみたんですよ。そうしたらそれを見たローランドの人が気に入ってくれて、A-01の音源部として採用されることになったんです。結果として、A-01はかなりおもしろい製品になりましたよね。Bluetooth MIDIやCV/Gate出力を備えたUSB MIDIコントローラーというだけでもユニークなのに、8bitのシンセサイザー音源まで入っているという(笑)。

元ローランドの技術者として、A-01はいかがですか?

松井本当にとてもおもしろい製品だと思います。私が作った「8bit CPU Synth」のシーケンサーはごくシンプルなものだったんですけど、A-01の内蔵シーケンサーはシャッフルができたりかなり強力ですしね。あとは何と言ってもノブがいい。ボリューム・タイプのエンコーダーなんですけど、操作したときの粘り具合がすごくいい感じなんです。技術者の目で見ても、こだわりを感じる製品に仕上がっていますね。

「8bit CPU Synth」は、ベースやリードなど様々な音色を作ることができると思うのですが、開発者として特におすすめの音色はありますか?

松井何でしょうね...。私は昔から鋸波が大好きなので、まずはその音を聴いてほしいです。鋸波好きなら“これだけでOK”という粘っこい良い音がしているんじゃないかと思いますよ(笑)。ちなみにA-01にはファクトリー・プリセットが16音色収録されるそうで、ローランドがどんなサウンドを作ってくれるのか私自身も楽しみなんです。